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生存権7
すっかり馴染んだその胸に抱きしめられた時、自らそこから逃げ出したのに、ボクが感じたのは安堵だったのだ。
車の中から引き出され、強く抱きしめられた時、ボクは思ってしまったのだ。
ここに帰りたかったって。
その後、急発進した車から振り落とされた時も、あの人はしっかりボクを抱き込んで守ってくれていた。
ボクはそんなのでは死なないのに。
ボクはクビを切り落とされないかぎり死なない、そう彼は言った。
「・・・大丈夫か」
そうあの人に言われたけれど大丈夫じゃないのは、この人の方で。
全身から汗を吹き出すし、震えていた。
こんな身体でボクを追いかけてきたのか。
「なんでボクがあの車にいるってわかったの?」
ボクは必死で男の身体を道端まで引きずり、とりあえず車にひかれないようにしながら言った。
男は本当に苦しそうだった。
「あの車の窓からお前が見えた。俺はずっと部屋で窓を見てたから、目の隅の方で何があってもわかる」
ボクは理解した。
普通の人間は必要な情報だけを脳に届ける。
見ている全てを認識しているわけではない。
視界の片隅にあるものなんて、相当なにかなければ認識しない。
でも、この人は閉じ込められ、窓を見つめ続けていたせいで、変わらぬ風景に何か変化を探し続けていたせいで、見ているものを全て認識しているんだ。
どうりで、目立たないボクを気にとめたわけだ。
でも苦しそうで。
どうすれは。
「組長さんとの食事に毒が。肉片らしいんだけど、それを食べたら拒絶反応で苦しむって。でも、吐き出したりすることも出来ないって」
ボクはオロオロと車の中でぼんやり聞いた会話を思い出す。
「オヤジがオレに毒を・・・」
さすがにあの人はショックなようだった。
「その肉片が腹ん中にあるせいなんだな」
あの人に問われてボクは頷く。
「なら、わけない」
男はそう言って、苦しそうに自分のスーツのボタン、シャツのボタンを外していく。
締め付けられて苦しいのかとボクがかわって慌てて外す。
「なあ、胃ってこの辺か?」
男に問われる。
「たぶん・・・」
そう言った後ボクは悲鳴をあげた。
男の指が自分の腹を裂いていったからだ。
指が肉へ沈み穴を開け、それを両手で割いていく。
肉が千切れる音と、吹き出す血。
ボクも返り血を浴びた。
男は自分の胃を掴み出した。
「・・・胃の中身全部出せばいいんだろ」
あの人は顔色一つ変えなかった。
胃を掴み出した。
指で胃を裂いた。
胃を割いて中身を全部道路に 、ぶちまけていた。
酸い臭いと血の臭いが広がる。
胃液と、消化途中の食べ物が広がっていた。
その中に、ピクピクと蠢く、一片のピンクの肉片があった。
生きている、そうわかった。
粉々になっても行きている。
たぶんコレだ。
男は胃を適当に、腹に押し込むと、その一片の肉を殴りつけた。
肉片は消えた。
ついでにアスファルトにも巨大な穴があいていた。
「・・・コレでいい」
男は満足そうに、言った。
ボクは、貧血で倒れそうだ。
いや、倒れた。
気を失ったのだ。
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