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暴力礼讃1
「オレの後ろにいろ、離れるな」
あの人はそう言って、ボクにキスをした。
もう、随分キスにも慣れて、一々断りを入れて来なくなった。
ボクは銃を握らされている。
万が一のためだと。
男は歩きだした。
ボクは男の後をついていく。
事務所は繁華街の真ん中にあった。
4階建てのビルで、大きな看板がかけられていた。
頑丈そうな大きなドアの前に、灰皿が置いてあり、厳つい男達がそこでタバコを吸っていた。
室内禁煙なのかもしれない。
時代の流れはダークサイドにも始まっているんだな、などとボクはぼんやりおもった。
もう、ボクは現実を見ることを止めていた。
誰にも目を留められることなどない、地味な大学生だったボクが、組に殴りこむのに付き合っているなんて、もう、そんなのおかしい。
不死身になってしまっていることもおかしいし、
女の子と付き合ったこともなかったボクの恋人が、2メートル近いこの巨大な男であることも、良くわからないし。
数ヶ月前のボクに、「お前はデカい男のデカいモノを後ろにいれてくれてとせがんだり、不死身になって、ヤクザの事務所に銃を片手に乗り込んだりするんだよ」と言っても絶対信じなかったと思う。
ボクはあまりに存在感がなくて 、学生時代は悪気なく「空気みたい」と言われていたのに。
でも、今は見えなければいいな、と思う。厳つい男達に。
あの人は堂々と歩いていた。
男ならこうありたいと思わずにはいられないよう な「強さ」そのもののような姿をして。
誰もがあの人を見る。
身体の大きさもあるけれど、醸し出す空気が違う。
2メートル近い身体。
分厚い身体は筋肉の層で出来ている。
普段は無表情なグレイの無機質な目が、今日は狂気を孕んで青く光っていた。
巨大な肉食獣が歩いているかのような威圧感が有 る。
だから、かなり遠くから男達はあの人の存在に気付いていたと思う。
近づく程に、男達は増えていったから。
「昨日までは普通に入れたんだがな」
男は苦く笑った。
この人の居場所はここだったんだ。
ボクはこの人が、組が自分を拾ってくれたことに感謝していたことも知っていたし、この人なりにそこに忠誠心を持っていたのも知っている。
「万が一、何かの間違いであって欲しいとも思ってたんだがな」
男は少し寂しそうに言った。
事務所の前には20人近い男達が立っていた。
おそらく、銃を持っている。
刀やバットをもっている者もいた。
もう数メートル。
緊張が走る。
ボクだけは全く現実感がない。
男は事務所の前に止めてあった、エンジンがかかったままの車に近づいた。
中では若い男が携帯で電話していた。
何するんだろ、
車を奪ってそれで突っ込むんだろうか。
ボクはぼんやり考えている。
ちなみにボクはついてくることを強要されている。
ボクの意志とは関係なく、自動運転のようにボクは男についていく。
「絶対にそばから離さない」
男がそう決めたからだ。
有る意味、何も考えなくていいので楽かもしれない。
そんなボクの目の前で、男は車のボンネットに手をかけた。
次の瞬間、車は中の若い男ごと、事務所のドアに向かって投げつけられていた。
車がつぶれる音、立ち上がる煙、悲鳴。
あまりにも咄嗟で、何人かは車につぶされていた。
フロントグラスがぐしゃぐしゃで。
おそらく、中で電話で話していた男も潰れているだろう。
男がドアを突き破り、燃える車を見てわらっていた。
楽しそうだった。
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