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暴力礼讃2

 俺は双眼鏡で確認する。   隣の建物の屋上から様子を見ていた。  非常ベルの音と男達の怒声が事務所から溢れ出す。   燃える炎、消火に駆けつける男達、生きながら燃えている人間達の悲鳴。  黒い煙、肉のやける臭い、漏れたガソリンの匂い。  火はさらに燃え盛り、狂犬の姿を浮かびあがらせる。  恐怖と苦痛が渦のようにそこで渦巻いていた。  狂犬は笑っていた。    それは意外にも 、少年のような笑顔だった。  狂犬は楽しんでいる。  子供の遊びのように。  狂犬に銃 が向けられた。  狂犬は気にも止めず向けた相手に近寄っていく。  銃声が響く。  狂犬は撃たれても気にもしない。  撃っていた人間の一人の頭を掴んだ。  昨日までこの狂犬の仲間だった男の、頭がはじけた。  熟れた果物を握りつぶすように。  頭のなくなった身体を、恐怖からか怒りからか叫び続けるヤクザ達へ向かって、狂犬は無造作に投げつけた。  投げられた身体は衝撃に飛び散り 、それをぶつけられた男達も潰れた。  全く勝負にならなかった。   何人いても同じだった。  もう 人間のふりをする必要もなくなった狂犬は、その暴力を心のまま使っていた。  笑っていた。     首を引きちぎり 逆さにした身体を股から真っ二つに裂き、逃げようとした者を掴んで地面に叩きつけて潰した。  少年が戦争ごっこしているみたいな笑顔で狂犬は笑っていた。  「ごめん、俺、あんなのに勝てる気がしないんだけど」  俺は隣にいる男に言う。  もう、怪力とかそういうレベルじゃない。  あんなの無敵じゃないか。  「確かに僕や犬が想定してた以上に強い」  あの人も認めた。  双眼鏡の向こうから狂犬が俺を見た気がした。  まさか。  隣のビルの屋上だぞ。この距離でわかるはずがない。  その次の瞬間、狂犬がドアの近くに落ちていた、スタンド式の大きな箱型の灰皿を拾って、こちらへ向かって投げるのが見えた。  灰皿は真っ直ぐ俺の方へ・・・。  双眼鏡が粉々になった。  俺はあの人が突き飛ばしてくれなければ、頭を吹き飛ばされていた。  ただ、俺の肩は灰皿でぶち抜かれ、腕は遥か後方に吹き飛んでいた。  俺の肩から血が吹き出す。  あの距離から届くのか!!  ここは5階だぞ。  痛い。  痛いってもんじゃない。  「アイツにゃ銃すらいらないな」  あの人が呟く。  腕を拾ってきてくれた。  千切れた俺の手の指先を愛しげに舐めて、俺に渡す。  ヤバい。     なんかこんな時だけど欲情した。  「何でわかるんだ?俺達がいることが」  俺は不思議で仕方がない。  狂犬はしばらく俺達を見上げていたが 、事務所に向かって入っていった。  「挨拶代わりか・・・先に殺さなきゃいけない男がいるんだよな」  あの人は笑った。   「何で、俺達のことが・・・」  呆然とくりかえす俺にあの人は言った。  「こちらが相手を見れるなら、相手からもこちらが見えてるってことだ。どういう理屈かわからないが、あの男の見える範囲はすべて把握されていると考えた方がいい」  あの人の言葉に俺は理解する。  「狙い撃ちできないってことか?」  狙うためには見る必要がある。  でも男が見えると言うことは、男からも見えると 言うことで。  「そういうことだ。ますます選択肢が減ったな。逃げるぞ」  あの人はさっさと歩き出した。  俺は慌てて千切れた腕を肩に押し付ける。  肉が蠢く感触がする。  この感触にはいつまでたっても慣れないが、腕はくっ付く。  「何で?」  俺は尋ねる。   「夜になれば、さすがのアイツも夜目はきかなくなる、出直しだ」   俺はあの人についていく。  ただ、一瞬振り返り 、狂犬の後についていく小さな影に目をやった。  彼は、大丈夫だろうか。  「しかし、警察とか消防とか来ないね、こんな騒ぎなのに」  俺は新しい車に乗り込みながら言った。  事務所の前は狂犬による惨劇の跡しかなかった。  まだ燃えている車、誰一人まともじゃない死体。  「来るわけないだろ、死ぬだけなのに。警察が来るのはあの男がいなくなってからだ。連絡済みだ。多分組長殺して、その場であの子に突っ込んで楽しんでからだから一時間位は警察は来ないんじゃないか」  男が言った。  エンジンをかけながら。  確かに警察が来ても、自衛隊が来ても、あの男を殺せないし、止めれない。  ならば、わざわざ出動して殺させる必要はない。  警察は来ない。  消防も来ない。  俺は【捕食者】の恐ろしさを思いしった。  こんなの、止まるはずがない。   でも、俺達はこの男を殺さないといけないんだ。  でも、どうやって?  俺には考えつかなかった。

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