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暴力礼讃3

 もう、全てが遠い。  見えていても見えているだけだし、聞こえていても聞こえているだけ。  ただ、身体が勝手にあの人の後をついていく。   悪い夢の中にいる。  悲鳴。  血。    肉片。    あの人の笑い声。  炎。  肉の潰れる音、千切れる音。  ボクには何もかもが遠い。    だから、この部屋でこれから行われることはボクには関係ない。  関係ないんだ。  部屋にはたくさんの肉片が散らばっていた。  この部屋にこの人を入れないようにしようとした人達だ。    「オレはあんたか結構好きだった。あんただけはオレがこのままでいいと言ってくれたし、ガキだったオレに服買ってくれて、カッコ良くしてろと言ってもくれたしな」  あの人は片手で猫でも摘まむかのように、その人を持ち上げていた。  「オレにはオヤジと呼べる人間があんた以外いなかったしな」  その年配の男の人が組長なのはわかった。  あの人の忠誠心の対象だった人。  あの人はこの人のために、かろうじて人間のままでいようとしていたのだ。  拷問と殺害専門の狂犬ではあっても、人間のままで、この人に飼われていようとしていたのだ。  本来ならぱ、迫力のある大きな男なのだろうけれど、この人に片手で持ち上げられたこの人は、哀れなくたびれた男でしかなく。  何か言おうとした。    その口をあの人は優しくその大きな手で塞いだ。  「もう、何も言わなくていいんだ」  優しい目だった。  「オレはそれでもあんたが好きだから」  あの人はビンの栓でも抜くように、男の首を引き抜いた。  「楽に殺してやる」  男の千切れた胴体から、シャンパンみたいに血が吹き出した。  血の臭いは生臭く。  見えるものは生々しく。  ボクは ただぼんやりと立ち尽くしていた。  「怖かったか?」  ボクは優しく抱きしめられる。  優しい声、優しい目。  血まみれの手。  「ああ、オレ、血だらけだな、嫌だよな。でも、ここには風呂もあるし、オレの着替えも置いてあるから」  あの人はニコニコ笑う。  「風呂入って・・・ここにはベッドもあるから・・・優しくするから・・・」  息が荒い。    殺した後はいつもこうで。  この人はボクを抱かずにはいられない。  あの人はそれでも精一杯優しく、ボクを抱き上げて風呂場へと向かう。  ボクが嫌がると思って、血を洗い流すために。  この人には分からない。  単にボクが 血、そのものを怖がっているわけではないことを。  ボクが本当は何を怖がっているのかも。  本当に分からないのだ。  たくさんたくさん殺しても、ボクに優しければいいと本気で思っている。  ボクを殺すわけではないから、ボクを人を殺す現場に連れて来てもいいと思っている。  人を殺した現場で、平然と風呂に入り、ボクを抱こうとしている。  思い知らされる。  この人が人間ではないことを。  でも、ボクは。    ボクは。  「一緒に入ろう」  いつもの夜のように甘えるように言われ、服を剥かれ、暖かいシャワーを浴びせられる。  あの人が、手にこびりついた血や肉片を荒い流す。  拳に刺さった歯を抜いている。  ボクに触るために、血を洗い流す。  洗い流せばそれでいいと思っている。  「とれたぞ、これでいいか」  あの人は降り注ぐシャワーの中で笑った。   それはとても無邪気な笑顔だった。  「もう・・いいから、入れて」  ボクは泣き叫ぶ。   散々慣らされている。  指では物足りないのに、与えられない。  確かに男の指はボクの指なんかより太くて大きくて、長くて、それだけでもすごく存在感があるけれど。  ボクばこの人のあの大きなモノがいい、欲しい。  「あなたの大きいのが欲しい。太いので、ここかき混ぜて・・・」    あまりの欲しさに恥ずかしい言葉を思わず叫べば、あの人が息を呑んだ。    でも、こらえているのがわかる。  シャワーが降り注ぐ風呂場で、ボクは四つん這いにされて、穴を解されていた。  あの人も早く入れたいはずなのに、まだ指でするばかりでなかなか入れてくれない。    「ダメだ 。ちゃんとしないとお前が痛い」  意地悪や焦らしでもなく、この前ボクを抱いた時、加減ができずにボクを傷つけてしまったことを気にしているのだ。  確かにそうだけど、それでもボクは快感を得ていたし、すぐあの程度のケガなら治る身体だから気にしなくていいのに。  「お前が傷つくのはもう嫌だ」  あの人が泣きそうな顔をして言った。  すごく苦しそう。  この人の方がボクよりつらいのかもしれない。入れたくて。  この風呂場を出た廊下にはたくさんの肉片が散らばっていて、それは全部この人がしたことなのだけど。  この人は。  この人は。  ボクが少しでも傷つくことには耐えられないのだ。  「大丈夫だから・・あなたが欲しい・・・」  ボクはあの人に抱きついてキスをしてねだる。  あの人はボクを壊さぬていどに強く抱きしめる。  ボクは座って抱きしめあったままの姿勢で、あの人のそこへと腰を下ろしていく。  太い腕、厚い胸。  全てが分厚く大きい。  人を千切る手足。  でも、ボクはこの人の胸の中が落ち着くのだ。  「大きい・・・」  太い大きなそれが入ってくるのがたまらなく良かった。  一つ間違えたらボクが裂けてしまうそれが。  ボクの中いっぱい、ギリギリまで、奥まであの人になる。  気持ちいい。  「おっきい。深い・・・、これ、好き・・・」  ボクは思わず口走る。  ボクのモノがビクビク揺れ 、先端から精液がこぼれる。  ボクが自分で腰を上下させ始めるとあの人はそんなボクをくいいるように見る。  息を荒げ、中でどんどんさらに大きくなって・・・。  「大きいの、好き・・・。太いの、好き・・」  ボクは思わず口走る。  夢中で動く。  絶対後で後悔するほど恥ずかしく、ボクは乱れていた。  男が唸った。  喉を噛まれた。  一瞬、食い破られるかと思った。  その恐怖さえ快感に変わり、ボクはイった。  「ダメ、イっちゃう」  ボクが喘ぐと噛み跡を男は愛しげになめた。  「好きだ」  男は繰り返す。  髪をなでられ、また首を噛まれる。  あの人も喘ぐ。  「好きだ・・・」  あの人は、ボクへの想いを隠さない。  好きだ、好きだと言いながら、ボクにキスを落とす。  男が唸った。  ボクは床に押し倒され、腰を打ちつけられた。  「好きだ」  男は繰り返す。  髪をなでられ、首を噛まれる。  噛まれて、またボクはイった。  自分でも、そんな自分がどうかしてると思うのだけど。  噛まれたら、感じてしまうようにされてしまったのだ。  あの人はボクがまたイったのを見て微笑んだ。  それから自分もイく。     中で熱いモノが爆ぜた。  「 もう、組も組長もなくなってもいい。お前がいる」  あの人はボクを抱きしめる。  ボクは目立たない人間で。  ずっと誰かが、ボクだけを見てくれるだれかがいたらなって思ったりした。  ボクだけを愛してくれる人。  そんな人がいたらな。  それは夢物語だと思っていたけど。  それが、こんなにも悲しいことなのだと思わなかった。  あの人が、ボクの中で、また 、動きはじめる。  初めの頃のボクのことなど何も気にもしない動きが嘘のように、ボクが感じる場所を知り尽くし、そこを擦り付ける。  ボクは声を上げる。  「ここ擦るとお前、締めつけるよな、オレも気持ちいい」  気持ち良さそうに言われる。  「お前だけでいい。何が欲しい?何でもしてやる」    囁かれる。  本気だ。  ボクが「世界が欲しい」と言えば、この人はそのために本気で動くだろう。  この人はもう、ボクしか見てない。  なんて悲しい。  ボクは泣く。  でもそれは、感じ過ぎて流す涙でもあって、あの人は気づかない。  この人はボクだけが欲しい。   だから、ボクから逃げられないように意志を奪った。  今はどんな時にも離れないように意志を奪った。  次は?  次は?  この人はボクを離さないために、ボクからどんどん意志を奪っていくだろう。  ボクが好きで、失いたくないから。  そしてそして。  いつかこの人は気付く。  自分が抱きしめるものが、もうボクではない抜け殻だってことに。  ボク達の行き着く先には本当に何もないのだ。  可哀想な人。  この人は何一つ。  残らないのだ。  ボクさえも。  ボクはこの哀れな化け物をそれでも。  それでも。  「・・・好き」  ボクは男の耳元で囁いた。  男は嬉しそうに笑った。  「なんでもしてやる」  打ちつけられる。  「なんだってしてやる」  奥を擦られる。  泣き叫ぶような快楽にボクは自分を溶かしていく。    恐ろしくて、怖くて。  ・・・可哀想な人。       

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