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第2話

 知っているのは名前と顔と職業ぐらいだ。  職業ホスト。  造形の美しさにひきかえ、噂は悪いものばかりだ。金遣いの荒さ、女癖、ギャンブルetc…     しかし、それらは全て顔面の完成度によってないものになる。  アオトに貢いでいた女性が言うには「目がいい」そうだ。緑がかった薄茶色の瞳。カラコンではなく、自前らしい。  その瞳に見つめられると金も愛も体も全て捧げてしまいたくなるという。  臭くなった服を玄関で脱がせ、濡れたタオルで体を拭いてやる。   汚いままベッドに寝かせるのは気が引けた。  パンツ一丁のままベッドに放り投げたが、乱雑な扱いをされても起きる気配はない。  適当に拭いただけだが、世の女性がメロメロになる男が現れた。男はのんびりと寝返りを打つと横向きになった。  晒された真っ白な背中。  均等に揃った背骨。浮き出た肩甲骨から悠々と伸びる翼のタトゥー。  さながら、ゴミ捨て場に墜ちた天使様ってか。  顔を覗き込むと人形のような顔にくっきりと隈ができている。 「しっかし、本当にどうなってるんだこの顔の造形……」  寝ているのをいいことに、顔を弄り回してみる。  これが神様がつくった姿。完璧だ。背中のタトゥーも相まって、人間臭さがない。  一瞬だけでもいい。目を開けてほしい。その美しいと噂の瞳を俺に見せてほしい。 「ん……」 「おっ」 「アヤ……んっふふ……」  神様が丹精込めてつくった人間は、随分俗っぽい笑いを残して静かになった。目を見れなかったことに少々がっかりしたが、いつかは目が覚めるだろう。  二缶めのビールを空けつつ、吐瀉物で汚れた男と自分の服を洗濯機に入れた。  こんな深夜に洗濯機を回すことに罪悪感はあるが、吐瀉物の匂いは我慢できそうになかった。  そろそろ寝ようとベッドに近寄ってふと思った。  知らない男の隣で眠るのはやや気が引けた。  いくら顔面が恐ろしく整っている男の隣であろうとも。  男が目を覚ます気配も、気の利いた大きさのソファも予備の布団もない。   幸いベッドにはまだ余裕があった。男のひとり暮らしのくせにクイーンサイズゆえに。  アオトはゴミ捨て場で寝るぐらいだから、知らない女の隣で目を覚ますことはよくありそうだ。  起きたら隣で男が寝ていた、なんて話のネタには持ってこいだ。  人生の汚点になろうとも、ゴミ捨て場に寝ていた方が悪い、と開き直りながらアオトの隣に潜り込んだ。  アオトに背を向けて目を瞑ると、長い腕に抱き込まれる。  誰かと勘違いしているのか、腹を撫で回す手がなんとなくやらしい。  久しぶりの人肌に、ちょこっと下半身が反応しているが、怪しい熱を構う体力もなく、どろどろと溶けるように眠りに落ちていった。

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