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第16話
「知らないふりしてたろ」
「……そりゃ、まあ」
ここで察しないのが傑だ。
お姫様の気持ちには機敏だが、その他の扱いは少々雑だ。
俺がわざわざ傑に話しかけに行くような性質ではないことはわかっているのに。
「職場の人と来た?」
「そうだよ。ふたりともいないけどね」
「ふうん」
興味がないくせに聞いたらしい。
店員を呼んでソーセージを注文すると、傑が「フライドポテト」と付け足した。
「食べんの?」
「食べるよ」
言いながら肩をぶつけてくる。
何を考えているのか全くわからないが、ひどく上機嫌なことだけはわかる。
ちらりと三角くんを見ると、まだ女の子たちと話している。助けは求められそうにない。
ホストに絡まれているんだ、助けてくれ、と心の中で叫んでみるが、俺も三角くんもエスパーではない。
俺の心の叫びは虚しく消えた。
ソーセージもフライドポテトもまだきていないが、もう既に帰りたくなっている。
肩に腕が回ってきて、やんわりと引き寄せられていた。
肩と胸が触れ合い、暑さと酒のせいで高くなった体温がしっとりと纏わりつく。
暑苦しい。鬱陶しい。
それだというのに、どうしたものか、俺の心拍数は早くなっている。
何しろ、まるでえっちしてる時の傑の体温とほぼ一緒だ。
快楽を伴う内側からの熱と、それに伴う発汗。
やらしく乱れて、イく寸前の傑がいっぺんに脳裏に蘇ってしまう。
常日頃より浮世の快楽を享受している男は、お尻での快楽を覚えるのも早かった。お尻を触られて微妙な顔をしていたあの頃が嘘のようだ。
お尻にちんこを入れられた傑は、お姫様を口説いているその口で甘ったるく啼く。
そして榛色を蕩けさせて俺の名を呼ぶのだ。
「優ちゃん?」
傑が顔を覗き込んでくる。
「ウワッ」
「え、なに。失礼だな」
思い出しセックスしていたことに焦ってビールを一気に飲み干した。
やらしいことを考えていたのがバレたら、心底蔑んだ笑みをにたにたと浮かべて「すけべ」と言われるに決まっている。
そんなこと言われたら一瞬で完勃ちしてしまう。たぶん。
「ビール好きなの?」
声は呆れているが、手ずからフライドポテトを食べさせてくれる。
えっちな傑を考えている間にフードが届いていたらしい。
「好きでも嫌いでもない」
「俺も」
お次はソーセージが口に押しつけられる。
妄想の続きだろうか。いや、これはただのソーセージだ。
とりあえず口を開けると、やたら唇にあてながら入ってくる。
油で唇が汚れるのもおかまいなしだ。
じろりと傑を睨むと、榛色がねっちりとした色を乗せて見上げてくる。
口に期待を隠しきれない、下品な笑みすら浮かんでいる。しかし、この男がそんな風に笑っても醜いとはちっとも思えない。つくづく罪深い男だ。
歯を立てる素振りを見せると、わざとらしくしかめっ面を見せてくる。
それに構わず噛みちぎると、楽しそうにケタケタ笑い始めた。
「色気ないね」
笑いながら紙ナフで雑に口についた油を拭かれる。
自分のジョッキを飲み干した傑はにやにやと俺の肩に垂れかかってくる。
「おにーさんっ、うちのアオトさんがすみませんっ」
礼儀正しい青年が頭を下げに来たのは、注文したビールが来た時だった。
暑さとアルコールに浮かれている間にNo. 1がいないことに気がつき、焦って探しに来たらしい。
「アオトさん、戻るっすよ!」
「俺がいないと、おにーさんはぼっちになっちゃうんだよ。フライドポテトも頼んじゃったし」
「フライドポテトて……」
青年は呆れ果てている。いつもこんな風に振り回されているのだろうか。かわいそうに。
「オーナーが来るって言ってるんすよ。来てもらわないと困るっす」
「オーナー? なんで?」
「それは本人に聞いてくださーい」
青年がアオトの腕を掴んで俺の肩から引き離していく。藁にもすがる思いなのか、俺のシャツを掴んでいるが、青年の手によって剥がされた。
「優ちゃんごめん、フライドポテト……」
「行きますよっ」
ホストの群れに戻されていく情けない姿を見送り、冷めかけたフライドポテトに手を伸ばした。
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