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第17話

「藤崎くん」  向かいの席に吉澤さんが座る。  傑のいうようにぼっちになる暇はなかった。  職場の人間は誰一人戻ってくる気配はないが。  やたら険しい顔をしている吉澤さんは言いづらそうに口を開いた。 「あいつと仲良いの?」 「そこそこ?」 「俺の勘違いならいいんだけど……もしかして、付き合ってる?」  顰められた声は確信を得ているようで、否定しようがなかった。  No. 1ホストに男の恋人がいることが世間にバレるのを、俺は良しとしていない。  そういうことに寛大ではあるが、それでもまだ偏見やら何やらは残っている。  傑の仕事に支障をきたすようなことはしたくない。  正直、心臓に冷水をびしゃっとかけられた気分だが、吉澤さんだし、と開き直ることにした。 「あいつはやめておけ……これは酔っ払いの戯言なんかじゃなくて……」  沈黙は肯定と取ったのだろう。 「あいつの学生時代から知ってるんだ。遊びだとしても、君が傷つくのは見たくないよ。藤崎くん、めっちゃいい子だから、あいつには勿体なさすぎる……今すぐ別れて欲しいぐらいなんだけど……」  俺はいろんなことにびっくりして何も言えないでいる。  吉澤さんは他人の恋愛沙汰には口を出さない主義で有名だ。その吉澤さんが口を出してくるほどに傑がやばいのか、口を出したくなるほど俺を可愛がってくれているのか。  それとも、俺の過去の恋愛歴を知っているのかもしれない。  山田さんと仲がいいから、知っていてもおかしくはなかった。  傑と吉澤さんが面識があるのも驚きだ。しかも学生時代からときた。 「そんなにやばいんですか」 「顔以外は全部人間以下だよ」  酷い言い様に思わず苦笑してしまう。 「パンチンカスで金貸せって言ってくることですか?」 「もう手遅れか……」  吉澤さんはがっくりと肩を落とした。 「そういうやつだって知ってたんですけど、本当に噂通りでびっくりしてます」 「自分以外の人間は搾取してもいいと思っている節があるよ」  傑に搾取されたがる人間が多いせいもある。あの榛色に見つめられ、低くて甘い声で囁かれたら、喜んで搾取されてしまう。  その上、傑は自分が搾取されることもあまり気にしていない。搾取するならされる覚悟も必要だと自覚している。一応筋を通しているせいで、表立って悪いと言えない。 「あいつが俺に飽きるまでは、今のままでいいかなって」  吉澤さんが大きなため息を吐く。  気の知れた友達のような、セフレのような、恋人のような甘くてあやふやな関係が気に入っている。曖昧さに甘えきって、傷つくのを避けている俺も狡い人間のうちのひとり。傑のクズさに文句を言える性質でもない。 「それに、あの顔めっちゃ好きなんですよ」  吉澤さんは全て見透かしたような顔で俺を見て、もう一度大きなため息を吐いた。 「そんなんだから、メンヘラホイホイって言われるんだよ」 「おっしゃる通りで!」  元気に肯定したところで、三角くんが帰ってきた。なんでも、これからクラブにいくらしい。 「優くんも来る?」 「邪魔じゃない?」 「そんなわけないじゃん!」   三角くんの分け隔てない明るさに、今まで何度救われてきたことか。  傑と付き合い始めてから、たまにはハメも外してみようと思えるようになった。  仕事の忙しさにかまけて、楽しむことを放棄していた俺にとって、傑は新しい風そのものだ。  自由奔放でけっこう。  一週間に一回しか会わなくなっても、たまにあの美しい寝顔を見せてくれたらいい。

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