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第19話

「優ちゃん! 海が見えたよ!」  開け放した窓から吹き込む風は青く、空は眩い水色。  右にそびえるは緑葉の山、左に広がる青い海。  時刻はもうすぐ昼になる頃。  窓から身を乗り出す勢いで傑が騒いでいる。  セットしていない金髪が風にかき乱されている。   光に弱い榛色を隠すのは顔の半分ぐらいの大きさのサングラス。   一昨日「家に帰る」と言ってサングラスをふたつ持って俺の家に戻ってきた。  家がどこにあるのかさっぱり知らないが、さすがに住所不定ではなかったことに安堵した。ちなみに、もうひとつのサングラスは俺が掛けることになった。 「海の家、まだやってるかなー」 「さすがにこの時期はやってないんじゃないかな……」  残暑が厳しい日もあるが、とっくにシーズンは終わっている。  海で食べられる焼きそばやかき氷の味が口の中に蘇る。  前回はいつ海に来たんだっけ、と過去に思いを馳せようとしたら、傑の声に妨げられる。 「優ちゃん、あそこから浜辺におりられそうだよ!」  たしかに前方に海岸に続く細い道がある。ハンドルを切って曲がると、タイヤが砂にとられてぼこぼこと弾んだ。 「はは、たのしいね!」  こどものようにはしゃいでいる傑を横目に車を止める。  「砂が熱い!」  さっそく浜辺に飛び降りて傑がきゃっきゃとはしゃいでいる。浜辺に生えている硬くて強そうな草を踏みしめながら、後部座席に積んだ荷物を物色する。 「日焼け止めは?」 「優ちゃんが塗ってよ」 「はいはい」  麦わら帽子を傑の頭に乗せると大人しく調整している。 「ごはん持ってくれる?」 「いいよ」  俺は水とパラソル(傑がどこからか借りてきた)とレジャーシートを持った。  完全に浮かれた様子のピクニックだ。  浜辺にいくと、遠くに犬の散歩をしている人と、釣りをしている人ぐらいしか見えない。  穴場だったのか、それとも平日のせいかはわからないが、ともかく目立つ男ものんびりできそうだ。  これ幸いと浜のど真ん中にパラソルをたて、レジャーシートを敷いた。  風で飛ばないように水のペットボトルを置いた。  レジャーシートにごろりと大の字になった傑を見下ろした。  思ったより寝るのが早いな、と思っていると、サングラス越しの目が何か言いたそうに見つめてくる。  そこでようやく傑が言わんとしていることがわかって、ポケットに入れた日焼け止めを取り出した。 「せいかーい」  やけにテンションが高い傑がはしゃぐ。てのひらにたっぷり液体を出して、腕から塗っていく。  サングラスを外して、顔にも塗った。  最初、傑は俺が三角くんからもらったド派手な柄のタンクトップを着ていこうとしていた。  真っ赤になって痛々しくなるのが目に見えて、全力で反対した。  その甲斐あって、古着屋で買ったよくわからない柄の半袖のシャツに落ち着いている。  ハーフパンツから生えているなまっちろいふくらはぎにも塗ってやる。  酒と不摂生で浮腫んでいた足は、俺が気まぐれで揉み始めてから少しだけよくなった。  毛は生えているが、色素が薄いせいで目立たない。  すねに宝毛を見つけて軽く引っ張ると手を叩かれた。  ビーチサンダルを脱がして足の甲に塗っていると、くすぐったそうにふふ、と笑った。  その声がちょっと色っぽくて、残暑の太陽で焦げそうな脳みそが小さく破裂する。 「優ちゃんにも塗ってあげる」 「首と顔だけお願いするよ」 「だめ」  俺の手から日焼け止めを奪うと、にこにこしながら顔に塗り始める。  そういえば、傑はなぜか人の顔にものを塗るのが好きだ。酔っ払って帰ってきた時、差し入れのケーキの生クリームを塗られたことがある。 「よし、完璧」 「どうもありがとう」  日焼け止めを塗るのが面倒だったから、ゆったりめの長いパンツを履いてきたせいですぐに終わった。

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