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第21話
「優ちゃんって部活何してたの?」
俺の顎をすり、と撫でる指に砂がついている。膝の上に頭を乗せている傑の口に、サンドイッチの残りがついている。
取ってあげるのめんどうだなあ、と思いながら口元を見ていた。
俺の視線に気がついた傑が眉根を寄せる。
「キスしたいの?」
「……したいかも」
傑はやれやれと言いながら起き上がって目を閉じた。
指でサンドイッチの残りを拭うと、傑が目を開ける。
「なんかついてた?」
「うん」
「キスは?」
キスしたかったのは傑じゃないか。
不服そうに尖っている唇にキスをする。
傑は満足そうに微笑んで、肩に枝垂れかかってきた。
「それで部活は?」
「中高共に陸上部だよ」
「足速いんだ」
「普通。走るの好きだっただけ」
「初体験は?」
そ、とやわらかい唇を指で制した。
普段から自分たちの話はあまりしないのにどういう風の吹き回しだろう。
傑は俺に興味ないと思っていた。
だから自分の話も、傑の話も話さないし聞かないでいようとしていた。
傑から次々と投げかけられる質問に少し嬉しくなってしまうが、俺も傑のことは知りたい。
俺の意図を正しく汲み取った渋々口を開いた。
「中学は一応茶道部入ってたけど、ほとんど行ってない。高校は漫研」
「漫研?」
「そう。一年の時にヒエラルキー上位が入部してきたでござるって紹介されたよ」
「漫画好きなの?」
「好きだよ。部誌のために四コマ漫画描いたりしてた」
「え、今度みたい」
「さすがに十年前のは恥ずかしい」
漫研にいる傑を想像できなかったが、楽しそうな傑を見るにいい部活だったんだろう。
「優ちゃんの陸上部時代の写真とかないの?」
「実家帰ったらあるんじゃないかな」
「みたーい」
傑はまた俺の顎を撫で始めた。髭の痕が気になるのか、と思ったがそうでもないらしい。
傑流の戯れだそうだ。
「読モやってたってほんと?」
「大学の時にね」
それは新情報だ。噂でも聞いたことがない。さぞモテたことだろう。
「優ちゃんのこと何も知らないや」
傑がつまらなさそうに言った。びっくりして顔を覗き込むと、心なしか悲しい顔をしている。
「俺のこと知ってくれるの?」
「え、うん」
「なんでも聞いて!」
両手を広げて受け入れ体制をアピールしたとたん「初体験は?」と聞かれた。俺は渋々「高二です」と答える。
「誰と?」
「……家庭教師」
「へえ……」
こてん、と肩に頭が乗せられる。
ニヤニヤしている顔が浮かんで、やっぱり話さなければよかったと心底思った。
絶対にAVみたいでウケるとか思っているに違いない。
「男?」
「いや、女性だったよ」
恥ずかしい思い出を掘り起こされて居た堪れない。
男との初体験はその三日後で、家庭教師に筆おろしされた話の流れでヤったことはさすがに言えなかった。
痛くて苦しいのに、がむしゃらに腰を振る同級生に興奮して、女より男の方が好きかもしれないと認識した瞬間だった。
「傑は?」
「俺の処女奪ったのは優ちゃんだよ」
「お尻処女の話じゃないよ」
それでも嫌な気がしないのは絆されているからだ。
「俺はね、中一の時に同級生と。まだ精通も来てなかったのにね」
「お早いこって……」
頭に頬を押しつけると柔らかい髪にくすぐられる。
「夜ご飯はステーキがいい」
突然の夜ご飯の提案だ。困惑しながらも「どこかいいとこ知ってる?」と聞いた。
「◯イホ」
「え、ファミレスでいいの?」
そういえば、高速道路を降りたあとにあったな、と思い出した。
それにしてもなんでステーキ……と思っていると、つん、とふとももを突かれた。
傑の指だ、というのは見ないでもわかったが、つつ、と足の付け根に向かってなぞられて、うなじにぶわりと汗が滲んだ。
なんで、なんでそうなるんだ。
さっきまできゃっきゃうふふと健全に互いの話をしていたのに。
頭の中でこどもの自分が「お城があるよ!」と父親に言っている。
さっきまで落ち着いていた夏という漢字がスキップどこか爆速でぐるぐるしている。
喜んだらバカップル確定だ。いい年してなに浮かれているんだ。
挙動不審になりながらおにぎりを飲み込んでいると、ふは、とおかしそうに笑われた。
ちら、と傑を見ると、ずり落ちたサングラスの隙間から榛色がこっちを見ている。
不思議な虹彩がきら、と光ったのを見てようやく俺は悟った。
浮かれてるのは傑も一緒だ。
ファミレスで安い肉を食べて、高速道路沿いのやましいお城に行こう、と言い出すくらいに。
海に行くためにわざわざ俺の合わせて休みをとって、肉を食べてセックスしようと言ってくる。
突然始まった恋仲なのに、傑が嫌がっていないことが不思議でしかたがない。
爆速でぐるぐるしていた夏は、今度はメリーゴーランドに乗っている。
抑え込んでいた恋心が浮かれるたびに爆ぜる。
それで苦しむのは自分だと百も承知だったが、メリーゴーランドに乗っている夏には関係ない。
「450gにしよう」
「そんなに食べれんの」
馬鹿にするように笑われたが、俺は真剣だ。
傑となら、普段は食べないサイズのステーキだって食べられるような気がした。
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