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第29話
「優ちゃん、姫はじめしよう」
おせちの残りを食べて、テレビを見ていると傑の長い腕が絡んでくる。
しだれかかってくる体を抱きしめながら、傑が言ったことを聞き返した。
「なんて?」
「ひめはじめ」
今度はゆっくりと言ってくれた。そういうことではない。
「したじゃん。朝、風呂で」
「あれは抜きあっただけ。姫はじめとは言わない」
絆すように口づけをされる。姫はじめ、というのだから女の子としてくればいいのに。
「どっちかっていうと殿はじめじゃない?」
「そんなのどうでもいいよ」
さわさわと傑の体を辿りながらふと気がついた。
半年前はうすっぺらかった傑の体が、なんだか少し肉付きがよくなっている気がする。
「いいよ。風呂入ってくるね」
「ん」
今朝、執拗に尻を触ってきたから挿入れたい気分なのはわかっている。
いそいそと水やローションの準備を始めた傑がぴたりと止まった。
「ゴムないから買ってくるわ」
「さんきゅ。あったかくしていけよ」
「すぐそこだから大丈夫だよ」
スウェットの上にパーカーだけ着て出ていく。
きっと足元は便所サンダルなのだろう。いくら雪が降っていないからと言って寒くないのだろうか。
寒い寒いと言いながらコンビニに向かっている傑を想像しながら、セックスをする準備のためにトイレに籠もった。
ベッドの上で大の字になりながら俺は思う。
あんな薄着で出て行ったくせに、二時間経っても帰ってこない男のことを。
服を着るのもめんどくさくて、ストーブがついているのを言いことにバスタオル一枚だ。
それもそろそろ意味をなさなくなってきた。
えっちする気満々だったのに。
おしりも綺麗に洗えたし、新年だからちょっといい匂いのするボディソープで体を洗ってみたりしたのに。
自分から姫はじめしようなどと誘っておいて、さすがにこれはないだろう。純粋な期待を返しておくれ。
ゴムを買いに行く、というのも家を出るための口実だったのかもしれない。
一向に連絡すらこないメッセージアプリと一緒に重たくなってきた目を閉じてしまった。電気もストーブもつけっぱなしで。
起きたらちょっと喉が痛くて、出勤したら寒くて関節が痛くなった。
まずい、と俺が気がついたときにはオーナーに退勤を命じられていた。
「インフルっぽいだろ。帰れ」
「うう……すみません……」
「優くんのことだからどうせパンツ一丁で寝たんでしょう」
パンツすら履いてなかったです、とは言えなくてマフラーの中に顔を埋めた。
熱があがってきたようで、ぽやぽやしているとタクシーに押し込められて、家についていた。
人間関係で体調崩すなんて何年ぶりだろう。
たぶん、オーナーに拾われた、三年前以来だ。
三角くんに「ちゃんと着替えて寝ろよ」と釘を刺されたような気がするから、よたよたと服を着替えてベッドに潜り込んだ。
寒い部屋と冷たいベッド。
傑がいないことが寂しくて、思わず枕を濡らした。
ここ一ヶ月ぐらいは傑の方が帰るのが早いせいで、家の中はいつも暖かった。
近づきすぎた、と気がついたときにはもう遅い。
勝手に期待して、勝手に裏切られた気になって。
恋人という名前をついてはいるものの、セフレと変わりない関係だというのに。
機嫌をとるのは優ちゃんだけ、とかいうから。
あの甘くて優しい声で言われたら、なんだって信じてしまいそうになる。
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