2 / 28

2

「そういえば、同棲中の彼とは進展があったの?」 友人の八重子(やえこ)の唐突な一言に、智哉(ともや)は飲んでいたオレンジジュースを吹き出しそうになった。 夏丘(なつおか)智哉、二十五才。ふわふわとした明るい栗色の髪、大きめの瞳はいつも好奇心に煌めいている。平均的な体格で、笑顔が印象的な明るい青年だ。この間まで勤めていた会社を退社し、今はイズミ探偵社の妖科(あやかしか)で働いている、新米社員だ。 「私も気になってた!だって急に会社辞めたって言うからさぁ」 そう言いながら美味しそうにホットケーキを頬張るのは、友人の結依(ゆい)。 「えー、結婚とか?」 堪えられない笑顔で智哉の顔を覗き込んでくるのは、美穂(みほ)。 彼女達は智哉の高校時代からの友人で、趣味のスイーツ巡りをする同志、スイーツ部の仲間達だ。今では仕事やお互いの生活サイクルもあるので、あまり集まる事は少なくなっているが、それでも月一回は部活動という名のほぼ女子会を行っている。 今日訪れたのは、都内の純喫茶だ。今月のスイーツ部は、並んで食べるような人気店ではなく、懐かしくも新しいホットケーキを探すをテーマに掲げていた。 という訳で、落ち着いた店内、静かな音楽に包まれたこの店で、皆でホットケーキを味わっている。 彼女達とは、初めは男子も含むグループでの付き合いだったが、智哉が幼なじみである暁孝(あきたか)への恋心を早々に見抜かれ、以来、何でも気兼ねなく話せる友人だ。 なので、躊躇がない。男同士の恋愛と聞けば、もう少しナイーブになってくれても良いのではと智哉は思うが、彼女達にとっては高校時代からの事なので、それが通常で、普通の恋と何も変わらない。それが嬉しいやら恥ずかしいやら、だけど、だからこそ、智哉は暁孝への気持ちを諦めようと今まで思わなかったのかもしれない。 こうして彼女達が、いつだって味方でいてくれたからだ。 とは言え、早く話を修正しなくては。彼女達の妄想は膨らみ、パートナーシップ制度又は養子縁組をし、海外の海の見える教会で挙式を終え、子供をどうするかという話にまで膨れ上がっている。 そんな簡単な話ではないし、人生はおもちゃではない。だけど、夢はある。子供を作る事は出来ないが、いつまでも暁孝と生きられる未来があるのなら、それは智哉にとって、胸の高鳴る未来だった。 「絶対女の子だよ~」 結依はホットケーキを頬張りながら、夢見心地で言う。彼女はピンク系の可愛いらしい服装を好み、メイクも、くるっと巻いた髪も可愛らしい。体は細いが、食べる事が大好きだ。 「えー男の子だって可愛いじゃん!」 八重子は化粧っけがなく、肩までの髪を後ろに結い、さっぱりとしたスポーティーな印象だ。背も高くスタイルも良いので、高校時代は女性徒に王子と呼ばれていた。 「智は?どっちが良い?私、子供服作っちゃう!」 美穂は、見た目は大人っぽく落ち着きがある。唯一の既婚者だ。彼女は昔から包容力があり、美人で有名だった。優しく微笑む姿に、いつしか周囲は彼女の事をマリア様と呼んでいたが、彼女がそれに気づく事はなかった。ちょっと天然の節がある。 「えー、俺は~」 思わず頬を緩めて彼女達の話に乗りそうになり、智哉はハッとして慌てて気を引き締める。 今の自分には、その未来はまだまだ遠く及ばない道のりだ。 何せまだ、恋人にもなれていないのだから。 「そ、そういうんじゃないから!それに、同棲じゃなくて同居!」 「えー、でも二人きりでしょ?同じようなものじゃない」 「好きな人と同じ屋根の下なんて良いな~」 「結婚前の準備期間みたいなものでしょ?私はそうだったな」 美穂が言うと、結依は羨ましいと唇を尖らせ、八重子がニヤニヤと笑う。 「わ、のろけ話出た!でも聞きたーい!」 「そんな聞かせられる話なんて無いから。智みたいな純愛じゃないし」 逸れたかなと思った話が美穂によって戻され、智哉はまたオレンジジュースを吹き出しそうになり、今度は蒸せた。 「あーもう、大丈夫?」 美穂が背をさすりながら、おしぼりをくれる。 「ゴホッ、もう、お前らのせいだろ!」 礼を言いながらおしぼりを受けとると、智哉は恥ずかしさからおしぼりで顔を覆った。 「だってねぇー、どんだけ見守ってきたと思ってるのよー」 「何年片思いしてるのよー」 「何探偵なんか始めてるのよー」 「被せてくるなよ!暁とは進展ないから!探偵社に勤めたのは、知り合いがやってる会社で、新しい事始めようと思っただけ!ほら、美穂の馴れ初め聞こうよ!俺、聞きたい!」 そう言い募れば、女子三人は顔を見合せ、仕方ないとばかりに肩を竦めた。 「これは美穂にご教授願おう、それで、今度皆で神社にお参りに行こう」 八重子に向かい側から肩を叩かれ、何故か慰められる智哉。これ以上聞いても無駄だと思ったのか、本当に何の進展もないと思ったのか、きっと後者と悟ったのだろう。 分かってくれてホッとする反面、智哉は少し落ち込んだ。 落ち着いた店内、素朴ながらも絶対的な安心感の中に包まれた新たな発見。きっと、口に入れたホットケーキは、そんな味わい深さに満ちている筈なのだが、今日の智哉は、純粋にそれを味わえたり、友人達と弾む会話を楽しめる気分になれなかった。

ともだちにシェアしよう!