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東京の片隅、小さな町のその奥に立派な洋館がある。ここで智哉 は、幼なじみで片思いの相手、暁孝 と共に暮らしていた。
清瀬 暁孝、二十五才。小説家をやっている。さらりとした黒髪に切れ長の瞳、端正な顔立ちの青年で、背格好は智哉と同じ位だ。人とはあまり関わりたがらない性格だが、それは、彼が普通の人にはない、妖が見える目を持っているせいかもしれない。
暁孝の育ての親である義一 も、妖が見える人だったが、二人に血縁関係はない。義一夫妻は暁孝に、自分達を父母ではなく、祖父母と呼ばせていた。二人は実の息子夫婦を事故で亡くしていたので、見る事の出来なかった孫を授かったような気持ちだったのかもしれない。
その義一夫妻も、今はいない。二人もまた、事故に遭い亡くなってしまった。近所に住んでいた智哉は、よくこの家に出入りしており、義一達にも世話になっていたので、亡くなったと聞いた時は信じられない思いだった。智哉がこの家に来たのは、それからだ。事故で突然家族を失った暁孝を心配しての事だった。
それからは、義一夫妻が愛した洋館を守りつつ、暁孝と智哉は二人で暮らしていたのだが、最近になって同居人が増えた。妖狐のマコと、ヤタガラスのリンという妖だ。
少し前になるが、イズミ探偵社社長、和泉始 から、ある森で暴れる妖の正体を探る為、その森にある壊れた社を調べて欲しいと相談を受け、暁孝と智哉は東北のとある森に出向いた。
イズミ探偵社とは、表向きは普通の探偵社だが、その会社にはもう一つ、知る人ぞ知る窓口がある。それは、妖や神に対する相談所だ。この妖関連については何店舗か同業者もいるが、イズミ探偵社は国内トップと言ってもいい。
その中で、始が頼りにしていたのが義一だった。義一は、妖にも頼りにされていた稀な人物。人間に心開かない妖達も、義一にだけは心を開き、何でも話をしてくれた。
義一が亡くなってからは、同じく妖の見える暁孝の元を訪ね、何か知らないかと情報や相談を持ち掛ける事は変わらなかった。始も、暁孝の事を気にかけていたのだろう。
向かった森の中で、暁孝は、アカツキという神の帰りを待つマコやリンと出会った。森で暴れる妖とは、アカツキと恋に落ちたヒノという火の妖で、この世を去ったアカツキへの悲しみに支配されての事だった。騒動は解決したが、マコが壊れた社で待っていたアカツキは、もうこの世にいない。そして、アカツキの魂は暁孝の元にある、暁孝は、アカツキの生まれ変わりだという。
マコが暁孝の元にやって来たのは、アカツキを待ってばかりいた自分から成長したいと思っての事だったが、それにはもう一つ理由がある。
マコには、森の神イブキも恐れる力が眠っているという。この事は、マコ本人や智哉も知らない。その力を抑えていたとされるアカツキの力が宿った首飾りには、もう力はなく、マコの心が不安定になれば、この先何が起きるか分からないという。そこで、イブキはマコを暁孝の元へ送った。
暁孝とアカツキは、別人だ。それでも、マコはアカツキの生まれ変わりである暁孝の元に居た方が、安心するだろうと考えての事だった。
智哉には、妖の姿は見えない。姿の見えない相手との暮らしは、思った以上に大変だ。
顔や様子を見て相手の気持ちを想像する事も出来ないし、目印が無ければ、居るのか居ないのかも分からない。なので、家に居る間は、マコとリンには妖の物ではない羽織を羽織って貰う事にしてある。そうすると、智哉にも二人の居場所が分かったし、姿は見えなくても、二人の体格や背丈もよく分かった。
二人の為に子供服を新調しようと思っていたが、まだ暁孝が使っていた服が残っているというので、二人は暁孝のお下がりを着ている。
血の繋がらない赤子の暁孝を引き取った義一達は、暁孝の子供時代の物を、ほとんど捨てずに取っておいていたようだ。どれもこれも思い出があると言って、特に祖母が捨てられず、大事に部屋に残してくれていたという。
その夫妻の寝室は、今もそのまま残してある。
きっと、息子夫婦を亡くした義一達の悲しみを、暁孝が癒してきたのだろう。アカツキという神の生まれ変わりだとしても、暁孝が愛されていた事をその服を見て思いつつ、同時に智哉は、懐かしさも感じていた。
こんなに小さかったんだな、とか、この頃から暁孝の後ばかり追いかけていたな、とか。
まぁ、それは今も変わらないのだが。
そう思えば少し寂しくて、ついしょんぼりとしていると、時折見えない手が智哉の頭をポンと撫でてくれる。マコの小さな手が、「大丈夫?」と言うように。「大丈夫だよ」と答えると、リンがすかさず紙にペンを走らせ、「何かあったら言えよ」と気遣ってくれる。二人の優しさに、ほろっと涙が出そうだ。
見えない二人と共に暮らすのは大変な面もあるが、こうして思いあえる優しさが、その大変さも包んでくれる。
たまに、暁孝達三人で何を話しているのか分からない時もあるが、その時は暁孝が説明してくれたり、暁孝にとって分が悪い話は、リンが筆談で教えてくれたりもする。だから、マコとリンに関しては、問題ない。慣れていけば、これも普通に思えてくるだろう。
ただ問題なのが、この家で暮らすもう一羽の妖だ。
友人達と別れ、智哉は玄関の前で一つ深呼吸をする。鍵を回し、そっとドアを開けた。
「ただいまー…」
小声でそっと顔を覗かせると、チリチリと鈴の音が聞こえ、次いで鈴のついたピンクのリボンが、智哉に向かって猛スピードで突っ込んでくる。
「うわ!」
つつかれる、そう思い咄嗟に身を屈めれば、ガツ、と何かがドアにぶつかる音が聞こえた。慌てて玄関に上がって振り返ると、鈴のついたリボンが床に落ち、何かが羽ばたく音だけが聞こえてくる。
智哉には見えていないが、そこには鳥の妖が踞っていた。
赤いエナメルの嘴を羽で押さえ、化粧を施しているような大きな目で智哉を睨み上げている。長い七色の尾を持つのは、鷹のような体格で孔雀のように派手な鳥の妖だ。
鈴のついたピンクリボンとは、智哉の目印となるよう暁孝が結んでやった首輪だ。
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