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「どうした、智 !」
物音を聞きつけやって来たのは、暁孝 だ。顔を上げると、心配そうな瞳と目が合い、それだけで何だか嬉しくて安心してしまう。
「暁 、」
しかし、その姿にほっとしたのも束の間、暁孝がやって来ると、鳥の妖は大きく羽を羽ばたかせ、暁孝に泣きついた。
「うわ!」
バサバサッ、という物音と共に、見えずとも頭に翼が当たっていく確かな感触を感じ、智哉 は大きく溜め息を吐いた。
「もう!俺ばっかり!」
「あら、そんな所で立ち尽くしてるのが悪いのさ」
鳥が嘲笑うように言えば、暁孝は呆れた様子で溜め息を吐き、肩に止まるその体を持ち上げた。
「どう見ても智に突っ込んでいくお前が悪いだろ、全く、いつになったら帰るんだ」
「あんな熱烈な告白を受けて、さっさと帰れる訳ないじゃないか!」
「告白なんて、いつ俺がした」
溜め息混じりの暁孝の言葉に、智哉は思わず、え、と顔を上げた。
「え、告白?暁が?誰に?」
思わず焦って詰め寄る智哉に、暁孝は、鳥が智哉をつつかないように腕を上げた。
「だから、してない」
「そりゃアタシに決まってるだろ?」
鼻高々に鳥が言うが、智哉には聞こえない。ただ、暁孝の心労が増すだけだ。
「だからあれは、それ以上派手になってどうするんだと言ったんだ」
「キレイだからそのままでいろって事だろう?愛の告白じゃないか!」
「だから違うって言ってるだろ!」
やいのやいのと言い合う様を暁孝の様子から感じ取り、智哉はふと溜め息を零す。
暁孝は妖と接してばかりで、まるで除け者にされた気分だ。暁孝にそのつもりが無くても、落ち込む智哉には、そうとしか見えなくなってくる。
「今日は芳江さん来ないよね、夕飯作ってくるよ」
二人共仕事をしており、広い家の管理は大変なので、ハウスキーパーのベテランスタッフ、野間芳江 に、週三回程来て貰っている。朗らかな女性で、ちょっと天然の気があり、マコとリンを本当の人間だと思い接している。彼女には、普段使わない部屋を中心に掃除をして貰ったり、食事の作り置きもしてくれている。マコとリンという食べ盛りが家族に加わったので、作り置きがあると助かった。
今日は、おかずが足りないだろうと思い、智哉は帰りにスーパーに寄ってきていた。
「おい、智」
「あら、まだ話は終わってないじゃないかー!」
思わず鳥から手を放し智哉を追いかけようとした暁孝だったが、自由になった鳥に嘴で首根っこを掴まれ、息が詰まる。強制的に足止めをさせられた暁孝は、いつもと様子の違う智哉を心配そうに見つめながらも、鳥からのアプローチをどうしたら止められるのか頭を悩ませていた。
はぁ、と深い溜め息を吐きながらキッチンで挽き肉を捏ねている智哉を、リビングのソファーから、マコとリンが覗き見ていた。
マコは妖狐で、アカツキという神の神使だった。
大きな瞳に、ふわふわの黄金色の髪、そこからひょっこり耳が覗き、腰元からはふさふさの尻尾がある。人で言えば、六才位に見えるだろうか、祢宜のような服を着ている。家の中なので、暁孝のお下がりの羽織を羽織り、髪には、智哉から貰ったクローバーの飾りがついたヘアゴムを飾っている。
リンは、小振りな黒い翼を持ったヤタガラスの妖で、イブキという森の神の神使だが、マコについていくようにと指示を受け、マコと共に暁孝の元へやって来た。黒い短髪に、目付きは悪いがまだあどけなさが残る。取っ付きにくい風貌だが、いつもマコが心配でしょうがないという、マコが大好きな妖だ。
彼は、十二、三才位に見えるだろうか、いつも黒い服を纏ってる。その腰元には、智哉から貰った、子供に人気で智哉も好きな戦隊ヒーローのキャラクター、カラスマンのキーホルダーが下がってる。リンも家の中なので、翼用の穴を開けた羽織を羽織っている。
「トモ、最近元気ないね。僕が来たからかな」
「いや、明らかに原因はアレだろ」
言いながらリンが視線を向ける先には、まだ言い合いを続ける暁孝と鳥がいる。
すっかり暁孝に惚れていると見える鳥の姿に、どうしたものかと、リンまで溜め息が零れてしまう。リンにとって、智哉は一番心を許せる人間で、もし、暁孝と智哉が喧嘩したら、例え智哉が悪くても真っ先に智哉の味方につくだろう。
「トモが元気ないと悲しいよ、僕、何か力になれないかな」
「あいつが居なくなれば元気になるんじゃないか?」
「追い出すの?可哀想だよ」
「勝手に来たのはあの鳥だろ?何日もいるけど、あいつの名前すら知らないし」
「そういえば、どうしてアキの家に来たのかな?」
「スゲーいけてる羽をどっかで落としたらしい。それを探してもらいに来たらしいぞ」
「あ、ねぇ!じゃあ、僕達でそれを探しに行こうよ!」
「は?無理だろ、あいつの家は遠いっていうし、まずアキが遠出を許すはずないし」
「うーん…」
マコは困って頭を捻った。ジュウ、という音に顔を上げる。食欲をそそる香りが漂ってきた。
「あ!今日はハンバーグだ!」
困った顔が途端に輝くので、リンは可笑しそうに笑ってしまった。
「ま、先ずは腹ごしらえだな」
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