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その夜、マコとリンが並んでベッドに入るのを見届けて、智哉(ともや)は部屋のドアを閉めた。 二階には、客室が二部屋と義一(ぎいち)夫妻の寝室、義一の書斎、暁孝(あきたか)の部屋がある。 客室の一つは智哉が使っており、マコとリンは、二人で一部屋を使っていた。暁孝は、自室を空けようとしたが、マコが一人で広い部屋は落ち着かないというので、リンと二人で同じ部屋を使う事となった。 智哉は、自室に向かう足を止め、書斎を訪ねた。暁孝は、たまにこの部屋で仕事をしている。ドアをノックすると、「はい」と暁孝の声が聞こえる。 「(あき)、義一さんの資料見ていい?」 「好きに見ていいぞ」 「ありがとう」 書斎というだけあって、部屋の中には本棚が幾つも置かれ、正面の窓の下には、木製のデスクがあった。そこで、暁孝はノートパソコンに向かって執筆を進めている。ふと窓に視線を向けると、カーテンが開いた窓の向こう、木の枝に鈴の付いたリボンが見えた。智哉にはリボンしか見えないが、そこには先程の鳥の妖が止まっている。こっそり暁孝に尋ねれば、どうやら彼女は眠っているようだ。 寝ていたからつつかれなかったのかとホッとしつつ、眠る時も暁孝の顔を見ていたいなんて、本当に暁孝の事が好きなんだなと、もやっとする自分が情けない。 まさか暁孝が鳥に想いを向ける事はないだろうが、そうは思っても、素直に想いを告げられる鳥が少し羨ましくもある。 環境が変わったせいもあるだろうが、キスをされそうになった日から、暁孝と智哉の関係が進展する事はなかった。こうなると、あの急接近は夢だったのではと思ってしまう。 智哉は暁孝に背を向け、本棚に綺麗に並べられたファイルの背を指で辿った。大きな本棚いっぱいに、義一がまとめた妖の情報が詰まっている。 イズミ探偵社に入社し、妖科(あやかしか)に配属されてまだ一週間。まだ現場に出る事はなく、今は事務仕事をしながら、トレーニングや勉強の期間となっている。マコとリンもまだ会社に出社する事はなく、自宅待機中だ。今は、探偵社の妖を受け入れる準備を整えている最中だという。それでもマコ達は、時折やって来る(はじめ)の手助けにはなっているようだ。 この家には、義一がシロと名付けた猫又が住み着いている。そのシロにより、マコとリンは近所の妖の知るところとなり、愛想の良いマコは妖達と気兼ねなくコミュニケーションを取っているので、自然と情報が集まるようだ。因みに、あの鳥の妖が羽を探している事も始には進言してはみたが、本人が羽を探す気がないのでどうにも出来ないと、思い切り笑いを堪えながら言われてしまった。鳥の妖に求愛されている暁孝が、面白かったのだろう。 だが、イズミ探偵社に暁孝がいると始が触れ回ったおかげで、家に押し掛けてくる妖の数は徐々に減ってきている。 今までイズミ探偵社に相談を持って来ていた妖達は、義一を頼りにしていた。義一が亡くなり、妖達は探偵社ではなく、義一の息子である暁孝を頼りに家に押し掛けるようになったのだが、探偵社に暁孝が居るというだけで、妖達に安心感を与えているのか、悩み事がある妖達は、以前のように探偵社に話を持ってくるようになった。 この家に妖達が列をなしてやって来る事がなくなってほっとする反面、ただでさえ人手が足りないのにと、文句を言って駆け回る先輩社員の姿を思い浮かべれば、智哉は少し申し訳なくもある。 早く自分も、戦力になれるように頑張らなくては。 そしてそれが、暁孝の力になれる方法だと智哉は思っている。 智哉は、幼い頃から暁孝に恋をしている。初恋だった。 妖が見えるその目のせいか、暁孝は幼い頃から、人とは違う雰囲気を持っていた。あからさまに暁孝を遠ざける者もいたが、そうでなくても、皆が取り繕い、無理をしながら暁孝と接している事は、子供ながらにも智哉は感じていた。 それが智哉には不思議だった。暁孝の何かを見つめる横顔は、いつだって綺麗で純粋で、何故暁孝が敬遠されるのか智哉には分からなかった。 綺麗なものに触れてみたくて、分からないものを知りたくて。声を掛けてみれば、暁孝は困りながらも智哉を遠ざけようとしない。優しくて、どんな話もちゃんと聞いてくれて。その内、暁孝がいつも不機嫌な顔をしているのは、自身を守る為の鎧なのだと気づき、自分の前くらいはその鎧を脱がせてあげられないかと、智哉は思っていた。 だけど、それはとても難しい事だ。マコやリンと出会い妖に触れてみて、知らない世界が広がる度に、智哉は自分の無力さを知った。 知れば知るほど、暁孝が遠くなっていく気がする。こんな状態では、暁孝の力になんて、到底なれないと思えてならなかった。

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