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翌日、暁孝 から借りた義一 のファイルを持って、智哉 はダイニングにやって来た。昨夜自室に持ち帰ったが、暁孝の事が頭から離れず、何も手につかなかったのだ。
今日が仕事が休みで良かったと智哉は思った。暁孝も仕事で出版社へ行くというので、余計な事を考えずに集中出来るだろうと、少しほっとする。
壁に掛かった時計を見上げ、まだ時間はあるなと智哉は思い、ダイニングテーブルに腰かけた。
今日は、始 が家に来る予定だ。智哉にとって始が来るのはいつもの事で、マコとリンの様子を見に来ると思っているが、今回は目的が少しだけ違う。
今も、マコと智哉には知られていないが、マコに何らかの大きな力が宿っているからだ。
暁孝と出会った事で、主を失ったマコの悲しみは、少しは癒えたかもしれない。アカツキがお守りとして渡したという首飾り、それにはマコの力を抑える効果があったというが、その力はもう失われ、手元にも無い。それでも今の所問題はないが、森に居た頃、マコには時折揺らぎが起きていたという。木々の騒めきに不安を覚えたのは、森の神イブキだけでは無かったかもしれない。
マコの力が暴走した時、不安定な状態のイブキでは守れるか分からない、そう判断し、イブキはマコを暁孝の家に預けた。
今回、始が来るのも、暁孝の不在時を心配しての事だ。
いつその力が暴走するかもしれない、なので、暁孝がマコの側に居れない時は、なるべく始が側で見守ると、暁孝、始、リンの間で相談して決めていた。
先程述べた通り、智哉にとっては始が来るのはいつもの事だ、仕事が無くても遊びに来たくらいにしか思ってないだろう。
始とは社長と社員という間柄になったが、始と智哉の付き合い方は今までと大して変わらなかった。なんだかんだ二人は長い付き合いだ。智哉が暁孝の家で暮らす前から、お互い暁孝の家をちょくちょく訪ねていたので、いつの間にか仲良くなっていたという感じだ。
始も社員達とはフランクに付き合っていたので、その辺は問題ないだろう。
リビングのテレビからは、戦隊ヒーローの番組が流れている。リンは以前から知っていたようだが、マコは初めて見るらしく、すっかり夢中になっていた。なので、毎週の番組録画は欠かせない。
今もリビングのソファーには、小さな羽織が並んで座っている。その様子を微笑ましく思いつつ、智哉は分厚いファイルを開いた。
義一は、出会った妖の情報を細かく記していた。妖本人から聞いた話なので、好きな食べ物の情報等は個体差があるが、妖の特徴や生活の様子等、気づいた事をまとめてあった。
妖は写真に写らないので、義一は妖の姿を絵にしていた。まるで写真のような緻密さで描かれたそれに、智哉は驚いた。暁孝なんて、へのへのもへじすら何を描いているのか分からないのに。
感心しつつ、ページを捲っていく。世の中には様々な妖がいる、改めて、見える人間が羨ましくなる。
「確か、とんでもなく派手な鳥って言ってたな…」
鷹みたいだが、孔雀のように派手で尾が異様に長く、目は化粧をしているよう、嘴や足はエナメルのように赤いと暁孝から聞いている。例の恋敵の特徴を思い浮かべつつページを捲っていくと、似たような妖がいた。
「…ん?火の鳥?」
妖の種族欄に、そう記されている。火の鳥といえば、燃え盛る炎の翼を想像するが、コレがそうなのか。些か納得出来ない思いを抱きつつ、義一が聞いた話なら間違いないだろうと、その絵をくまなくチェックする。
彼女が落としたという羽の正体を知る為だ。しかし、羽はどれも色鮮やかで、どの羽を指しているのか、本物が見えない智哉には見当もつかなかった。
仕方ないと溜め息を吐き、智哉は立ち上がるとソファーの方へ向かった。
「マコちゃん、リン君、ちょっと良い?」
「なぁに、トモ!」
すかさず振り返ったマコと、傍らに用意していたノートにペンを走らすリン。いつでも智哉とコミュニケーションが取れるよう、リンはいつもこれを持ち歩いていた。
“なんだ?”と文字を目で追い、智哉は頷きつつ、先程の妖の絵を見せた。
「あの鳥の妖なんだけど、あいつが失くしたっていう羽、この絵に載ってると思う?」
「うーん」
唸りながらマコがファイルに手を伸ばすと、何かが触れた感覚がして、智哉は手を放した。スムーズにファイルがマコの手へ受け渡されていく。これくらいの事なら、姿や感情が見えずとも、マコがどうしたいのか分かるようになってきた。
間違い探しをするように懸命なマコとは対象的に、リンは少し不貞腐れた様子だ。リンにとっては、智哉を目の敵にするあの妖には良い感情を抱いていないので、あの妖に何かしてやるのは、少し面白くなかった。
“なくしたはねをみつけて どうするつもりだ?”と、再びリンはペンを走らせた。
「同じ物は無理でも、似たような羽を用意出来ないかなって。そうしたら、少しはあいつとも打ち解けられるかなって思ってさ」
苦笑う智哉に、乗り気なマコは目を輝かせたが、リンはますます膨れっ面だ。
“そもそも あいつがわるい なくすのがわるい”
「そうだけどさ、」
「良いじゃん、僕お手伝いする!」
智哉の服の袖が引かれ、智哉はマコに微笑みかけた。
「どうしたの?マコちゃん」
「リン、伝えて?」
「…分かったよ」
リンは溜め息を吐いてペンを持った。結局、マコには弱いのだ。
ノートには、“きょうりょくする”と、ペンが走る。渋々書いたので殴り書きのようになったが、それでも智哉は嬉しそうに笑った。
「本当!?助かるよ!実はさ、作るって言っても、何をどうしたら良いか分かんなくてさ」
「僕も一緒に考える!」
言ってからマコは、もどかしそうにリンを見た。マコは、まだ文字を覚える途中なのだ。
「リン、僕もトモに伝えたい」
「書けんのか?」
「やってみる!」
ゆっくりと走り出したペンに、智哉は首を傾げた。
「あれ?リン君、字が、ふがっ!」
言った途端、智哉の口にクッションが押し付けられた。
智哉には見えないが、リンが智哉の口を封じる為にやったのだ。
「しー…!」
喋るなと、人差し指を口にあててリンが言う。その動作も声も智哉には聞こえないが、何となく理解した。羽織の大きさのおかげで、今、字を書いているのはマコだろうと察した。字がいつもと違うとか変とか言ったら、マコは傷つくだろうし、マコを傷つければ、リンが怒る。智哉は必死に頷き、どうにかクッションを外して貰えた。危うく窒息する所だ。
「お、おー!上手上手!分かるよ、マコちゃん!」
「エヘヘ…」
ぐにゃぐにゃして、大きさもバラバラ、鏡合わせのような文字もあり、お世辞にも上手とは言えない字だったが、字を知らなかったマコが勉強して、ようやく書けるようになったのだ、これは凄い事だ。
そのスケッチブックには、“ともと がんばる”と書いてある。智哉はクローバーのヘアゴムを見て、マコの頭にそっと手を乗せた。狐の耳の感触を感じつつ、智哉の手が優しく頭を撫でる。
「ありがとう、マコちゃん!すっごく嬉しいよ」
マコは照れくさそうに笑って、智哉に抱きつき、リンを振り返った。尻尾が嬉しそうに、ふわふわ揺れている。
「リン!僕褒めて貰えた!」
「良かったな」
満面の笑顔を向けるマコに、リンもつられるように微笑んだ。
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