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「どうかしたんですか?」
立ち止まり、部屋の中を振り返る始 を不思議に思い、智哉 も部屋を振り返る。そこには、マコの羽織が浮いている。
「大丈夫、心配ないよ。智哉君は先に下に行こう、揺れに気をつけて」
「あの、マコちゃんは?何が起きてるんですか?」
「心配いらないから、早く、」
「…せない、」
小さな声が聞こえると同時に、部屋の中を強い風が駆け抜けた。リンは煽られ部屋から廊下へと叩きつけられ、始と智哉も立っていられず壁へ打ち付けられる。
「危な、」
火の鳥は壁に叩きつけられる寸でで、始の腕に囲われた。
風は部屋を一周すると、次の瞬間、床から木がメキメキと生えだし、暁孝の部屋の中は湧き出る木の根に覆われ、窓ガラスが割れた。そして緑の葉は風に乗り、窓の外へ向かう。窓を覆っていた羽をそのまま突き破り、地を這うような悲鳴が聞こえた。
「な、何だ…?」
「マコ!」
呆気に取られる始、リンは部屋の中にいるマコの身を案じ、根の張る部屋に飛び込もうとする。だが、再び入口に緑の葉の大群が押し寄せ、リンは慌ててかわした。その葉は部屋の中を一周すると、再び窓から飛び出し、大きな鳥の羽を傷つけていく。
赤い血が飛び、大きな鳥の悲鳴が聞こえる。
「やめてくれ!もう、やめてくれ!」
始の腕の中で火の鳥が泣き叫ぶ。部屋の中心には、ただ背を向けて佇むマコがいて、狐の尾も、狐の耳も、いつもと同じなのに、いつもと違う存在感に、始とリンは息を飲む。
風が智哉の髪を浚う。智哉の目にも、突然大樹に覆われた部屋が見えるが、赤い血も、悲痛な叫び声も聞こえない。羽織が床に落ち、マコがどこに居るのかも分からなくなってしまった。
見えない、聞こえない。それでも、届く風の中から、何かが直接伝わってくる。
吸い込んだ風が体を巡り、智哉の頭に声が響いた。
痛い、助けて、怖い、苦しい。
「…マコちゃん?」
目の錯覚だろうか、ぼんやり浮かぶ光の中、マコの姿が見えた気がして、智哉はタオルを手から放ると、部屋の中へ飛び込んだ。
「駄目だ、トモ!」
リンがすかさず翼を広げる。目の前に迫る葉の大群は、耐えず部屋を旋回している。リンは智哉の体を抱きしめ翼を広げると、その翼で智哉の体を包んだ。
「っ、」
ザザ、と黒い翼が舞い上がる。リンの翼は羽を僅か削られ、二人の体は床に叩きつけられた。
「リン君!?」
「いいから、マコを」
二人して部屋に入った。入ってしまえば、旋回する葉が二人に向かう事はなかった。リンの羽織と温もりから、智哉はリンが庇ってくれたのだと気づいたが、ぐ、と体を押され、その意図を感じ取ったのか、智哉は頷くと、マコが居るであろう方へ駆けた。
床に落ちた羽織、そこには、智哉の目には見えないのに、近寄りがたい空気を感じる。
智哉は戸惑いつつも、その肩をそっと掴んで振り返らせると、マコの前に膝をつき、そのままぎゅっと小さな体を抱きしめた。
「大丈夫、大丈夫だよ、マコちゃん。俺達が側にいるからね。何も怖くないからね。大丈夫、大丈夫だから」
智哉にマコの姿は見えていない。きっと、マコと初めて会った時、アカツキの首飾りの力で一瞬だけ見た事があるマコの姿をその目に思い浮かべているだろう。
だが、羽を削られた痛みをこらえて体を起こしたリンは、マコの姿を見てぎょっとした。
ふわふわの金色の髪は長く伸びて下がり、狐の耳は消え、代わりに根のような角が生え、手足も木のようになっていた。かろうじて狐の尾だけは以前のまま、ふわふわと揺れていたが、その虚ろな瞳は、マコの物ではなかった。
「マコちゃん、大丈夫だよ」
ぽんぽん、と宥めるように背を叩いていると、マコの姿が次第に変化していく。手足が戻り、角が狐の耳に代わり、髪も短くなっていく。虚ろだった瞳には、生気が宿った。
「…トモ?」
きゅ、とマコの小さな手が智哉の服を掴むと、智哉は顔を起こした。
「マコちゃん?」
「トモ、大丈夫!?下敷きになってたのに!痛いでしょ!?」
途端に慌て始めるマコに、リンはほっとした。いつものマコだ。
智哉も、マコの手が自分の頭に触れ、ほっとした様子だ。手の動きから、怪我がないか心配して確認しようとしているのが伝わってくる。そこからは、近寄りがたい空気も感じない。
部屋に舞っていた葉が、ひらひらと床に落ちる。
収まった部屋の状況に、始も腰を浮かし皆の元へ歩む。だが、苦痛の叫び声は消えない。
「危ない!」
窓の向こうの苦痛に叫ぶ巨大な羽が、窓に向かって叩きつけられた。今は、窓にガラスがない。叩きつけられた羽から、火が舞った。
智哉の目でも見えるのは、部屋が木で張り巡らされているという状態だけ。火が見えない智哉は、マコを抱きしめたまま、その火を浴びてしまう。
「トモ!」
「智哉君、」
リンが痛む体を起こし、始が部屋の中へ駆け込む。
「…いけない!」
呆然としていた火の鳥が、翼をはためかせた。
「え、」
火を浴びた智哉の体に、すぐさま反対から同じような火の風が巻き起こる。
「、」
窓から吹き付ける火を浴びて、熱いと思ったのは一瞬の事だった。だが、ジリ、と肌を焼く熱からは誰かの感情が伝わってくる。
何故、帰ってこない。君はどこへ行ってしまった。
帰ってきてくれたら、それでいいのに。
哀しげな、声だった。
「燃えて…ない?」
背後から吹き抜けた火の風に、始とリンは呆然と火の鳥を振り返る。
「火の鳥の火を消せるのは、同族のアタシ達の火でしかない。燃やしたりしないよ…アタシのせいで、これ以上誰かを傷つけさせたくない」
火の鳥は、どこか自分に言い聞かせるように言い、部屋の中へと入った。だが、自身の目を疑った。智哉が窓の外に身を乗り出し、羽にしがみついていたのだ。
「な、何やってるんだい!?」
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