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驚いたのは火の鳥だけではない、皆、今度は智哉(ともや)の行動にぎょっとしていた。 「トモ…!」 「マコ君はリン君の側にいてあげて」 (はじめ)はマコの体を抱き上げると、翼が削られた痛みで動けないでいるリンの元へ連れていく。 「リン、この翼どうして…?」 そこで、マコはようやく部屋の状況に気づいたようだ。始とリンは困惑した様子で顔を見合わせた。マコに、先程の力を使った記憶はないのだと、改めて分かったからだ。 「…俺は大丈夫、ちょっとへましただけだ」 リンは、いつものように優しく笑いかける。マコはしゅんと狐の耳を下げ、いつものようにリンを心配している。その様子を見て、リンは大丈夫だと言うように始へ目を向けた。 始も頷き、窓へ向かった。智哉が何をしようとしているのかは分からないが、下手すれば窓から落ちてしまう。 「智哉君、何やってるんだ!」 羽に触れる智哉の肩を掴み、下がらせようとするが、智哉は始の手を振りほどき、まるで鳥を庇うように窓に背を向けた。 「だ、大丈夫だから、傷つけたりしないで!」 「え?」 「ただ、あの子に帰ってきてほしいだけなんだ」 「…何?どういう事?」 「こいつも火の鳥でしょ?こいつが言ってるんだ、あの火の鳥に帰ってきてほしいって、泣きそうな声で言ってる」 始は首を傾げる。屋根の上の大きな火の鳥からは、そんな声は聞こえない。悲鳴だって、鳥の鳴き声だ。 そもそも、智哉にはその鳴き声すら聞こえない筈だ。なのに、どうしてそんな声が聞こえるのか、始には理解出来なかった。 「…俺には聞こえないよ、本当にそう聞こえるの?」 「本当なんです!この家を攻撃してるのだって、帰ってきて欲しいって気持ちから来たもので、」 言いながら、智哉はそれを訴えるべく窓の外に腕を伸ばした。触れれば分かるのか、羽に手を伸ばしたが、そこに羽はなく、スカスカと空気を掴むだけだ。 「あ、あれ?」 勢いよく身を乗り出したので、羽が見えない智哉にはそこに羽があるのかどうかも分からず、半身が落ちてしまう。 「え、」 「智哉君!?」 慌てて始が智哉のズボンを掴み止めたが、目前には大きな羽が迫りくる。始は急いで智哉の体を部屋に引きずり込み、庇うように窓と智哉の間に肩を入れたが、再び浴びるだろうと思った火も羽のぶつかる衝撃もなく、それは、智哉を部屋の中へ押しやろうとするような、優しい温もりだった。 「…え?」 拍子抜けする始に反し、智哉は怯える事もなくその羽に手を触れる。 「…ほら、不器用なだけなんだ。ただ、あの火の鳥を思ってるだけなんだ」 それから智哉は室内を振り返った。火の鳥は、困惑した様子でいる。 「君を責めた事は一度もないって、話がしたいって言ってるよ」 「ア、アタシに…話す権利なんかないよ、アタシはあの羽を失くしたんだから…」 始が火の鳥の言葉を代弁すると、智哉は笑った。 「あんなのはただの飾りだって、」 「な、何て事を言うんだい、アンタは!」 火の鳥は羽ばたき、智哉の頭を嘴でコココココッとつついてくる。火の鳥の嘴攻撃に、智哉は「イテテ、何するんだよ!」と逃れようとするが、火の鳥は攻撃を止めない。見かねて始が火の鳥の体を掴み、代弁する。 「俺じゃないって!こいつが言ってる!」 すると、火の鳥はぐっと込み上げる気持ちを押し止める。 「…アタシには声なんて何も…一度も聞かせて貰えない」 顔を伏せ呟く火の鳥に、始は「どういう事?」と代わりに尋ねた。 「この火の鳥は、声を失ったって言ってる。言葉を失ったから話す事が出来なかったんだって。一族のリーダーなのに恥だからって、誰も…ん?世話役しか知らないって言ってる」 「…そんな、まさか…」 「おまけに無愛想だから誤解を生むんだって自覚はあるみたいだよ。代々受け継がれてきた、一族の長になる者の伴侶、それを示す羽根飾りも大事だけど、君以上に大事なものなんかないって」 「え?」 「物はいつか壊れてしまうから、また一緒に羽根飾りを結えば良いって。初代、長を勤めた二羽の火の鳥のように、火の鳥の平和の象徴となる羽を、これから共に作って欲しいって言ってる」 智哉は、火の鳥のリボンめがけて言う。火の鳥は智哉を見上げ、それから羽をはためかせた。智哉の肩に乗り、そっと頭を智哉の髪へ擦り寄せると、智哉ははっとした表情を浮かべた。合わない筈の二人の視線が、合ったような気がした。 「…まったく、仕方ない妖だね」 そんな風に、火の鳥は強がって言う。涙を堪えて、それでも瞳は優しく微笑んでいた。火の鳥は窓の外に飛び立ち、屋根の上にいる大きな鳥の元へ向かった。 ゆっくりと、大きな羽が窓から離れる。いや、羽自体が次第に小さくなっているようだ。ふわふわとした温もりが手から離れていくと、智哉は力が抜けたようにその場で座り込んでしまった。 「智哉君!」 「…俺、役に立たのかな…」 呆然としつつも不安そうに尋ねる智哉に、始は気が抜けた様子で笑ってしまった。 自分に何が起きたかよりも、火の鳥の助けになったのかと、それが智哉の中では最重要事項なのだ。 「智哉君に助けられたよ。だけど、どうしてあの妖の言葉が分かったんだ?」 始が智哉の体を支えながら尋ねると、智哉も不思議そうに首を傾げた。 「俺も何が何だか…なんか熱風みたいなの浴びたと思ったら、頭にブワッと気持ちが入り込んできて」 熱風とは、大きな火の鳥が起こした火の事だろう。大きな火の鳥はマコの葉による攻撃を受け、反射的に攻撃を返した、その力に、火の鳥の気持ちも込められていたのだろうか。彼女の事だけを考えて、ここまで迎えに来たのだから。 それが何故、智哉が読み取る事が出来たのかまでは、今は分からないが。 始は改めて智哉の体に目を向けた。 「…これは、(あき)君に怒られるな…」 すぐに火の鳥が火を返してくれたとはいえ、智哉の服は所々が火に焼け、腕には火傷と思われる傷もある。それほど酷くはないが、早く手当てをした方が良いだろう。 「立てる?早く冷やした方が良い、頭も傷ついてるから気をつけて」 「俺は大丈夫です、あの、マコちゃん達は?」 「大丈夫、大丈夫」 ぽん、と背を叩き言う始だが、心配の色は拭えない。 智哉は部屋を出ながら背後を振り返る。智哉には、大樹の生えた部屋の中、家具が倒されている位しか確認出来ない。マコの羽織は床に落ちたままで、リンの羽織が丸まっている様子しか見えない。リンの怪我が酷いのではと思ったが、智哉の目に映らないのがもどかしい。 役に立てたと思ったけれど、芽生えた微かな自信は、すぐにしぼんでしまった。

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