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火の鳥の二羽は、婚約関係にあったという。
クオンは幼い頃から声を持たず、そしてそれは、ごく内輪の者にしか知らされていなかった。理由は、次期里の長としての威厳を保つ為だという。
クオンは幼い頃から、その秘密を守ってきた。長である父の教えは絶対。なので子供の頃は、秘密を知る者以外とは極力接しないようにしていた。お陰でクオンは子供同士で遊んだ事もなく、友達もいない。そんな風に過ごしてきたから、大人になっても里の者達との付き合い方も分からないままだった。
クオンが里の皆の前に出る時の、凛々しくも厳しい顔つきは、秘密がバレてしまわないかと緊張しているからだ。だが、そうとは思いもしない里の者達は、クオンに近寄りがたさを感じ、誤解はすれ違いを生み、クオンは冷徹な皇子という印象を根付かせてしまった。
にこりともしないその表情に、その佇まいに、そしてその立場から、きっと彼は他者にも厳しく、少しでも間違いを起こしたら厳しく罰を与えられるのではと。そんな勝手なイメージが噂を呼び、気づけばクオンは里の者達から恐れられるようになっていた。
本当は、違う。けれど、違うと否定する為には、秘密を明かさなければならない。秘密を秘密のままにするには、嫌われ者が好都合だと、クオンは里の者達からの怯えた視線をただ受け止め続けていた。
だが、いつまでも一羽ではいられない。いつか里の長となるクオンには、花嫁が必要だった。
火の鳥の里では、毎回その時期はちょっとしたお祭り騒ぎだ。皇子の婚約者には、里の者であれば誰もが立候補出来たからだ。階級や貧富の差も関係ない、貧しい家から花嫁に貰われた事もある、里の誰もが一度は憧れるシンデレラストーリーだ。
だが、そんな夢物語もクオンの場合は寂しいものだった。クオンの花嫁への立候補者は現れず、困り果てた従者達は片っ端から里の家を回るかと頭を悩ませたが、一人の従者が待ってくれと手を挙げた。
「え、嫌だよ!」
「そこをなんとか!頼むよ、サノア!」
そう頭を下げたのは、クオンの従者でもあり、サノアの幼なじみでもあるヨアンという男だ。黒い着物に赤い帯、頭には赤い布が巻かれ、目元を隠している。サノアは、「やめてくれよ」と、ヨアンこ頭を上げさせ溜め息を吐いた。
サノアも、里にいる間は人の姿をしている。大きな瞳に、黒く長い髪を下の方で結い、裾がスカートのようになっている青い着物を着ていた。
ここはサノアの家で、家は大きなテントのようだ。人の出入りがない谷の先に広がった土地には、このようなカラフルなテントが点々とある。
「アンタ、アタシに皇子の嫁が務まると思ってんの?皇子の嫁になりたい奴なんて、いくらでもいるだろ。いくら嫌われてたって、皇子は皇子だ」
「滅多な事を言うな!クオン様は、お優しい方なんだぞ!」
「だとしても、アタシには無理だよ。あちらさんからお断りされんのは目に見えてるよ」
「サノア…」
サノアは、相手がクオンだからという訳ではなく、長の嫁には興味がなかった。いつか素敵な伴侶と巡り会い暮らしていけたらと、そんな平凡な幸せを望んでいたが、それすらも遠い事だと、この時のサノアは思っていた。自分に自信を失っていたからだ。
それをこの友人は知っている筈だ、彼とは兄弟のように育った中で、サノアが傷ついている事もその理由も知っている、お見合いなんて出来る状態じゃないのにと、サノアはヨアンに腹も立てていた。
「クオン様は、簡単に切り捨てるような方じゃないよ」
「でも、非道な皇子って言われてるよ」
「クオン様は、そりゃ何も仰って下さらないけど、あの方は、こんな下っ端の俺の話も聞いてくれるし、ちゃんと見てくれるんだ。皆、怖がって近寄らないけど、俺は勇気出して良かったと思ってる。だから俺、知って貰いたいんだ、クオン様の事。それに、このままじゃ、適当にただ押し付けられて結婚するみたいで、」
「アタシだって押し付けられてるけどね」
「そうじゃないって!サノアなら、クオン様を任せられると思ったし、クオン様ならサノアを幸せにしてくれると思ったんだ!」
熱心なヨアンの様子に、サノアは少し心動かされた。ヨアンは嘘は言わない。ヨアンがそこまで言うなら、クオンは非道な皇子ではないのかと、少しクオンに興味が湧いた。
「…会うだけで、良いなら」
「本当か!?」
ヨアンは嬉しそうに表情を綻ばせ、早速お見合いの調整をしなくちゃと、立ち上がる。
「でも、アタシなんかで良いのかい?アタシなんかと見合いして、クオン様の評判を下げるんじゃないかい?」
「どうして!言ったろ?サノアなら任せられるって。サノアは…まぁ、お喋りが過ぎるけどさ、お前が良い奴なのは知ってるし、クオン様の事も、ちゃんと分かってくれると思うから、頼みにきたんだ!」
買い被り過ぎだと、サノアは思った。きっとまた、振られるに決まってる。何かに秀でた綺麗なお嬢様なら見込みはあったかもしれないが、サノアには何もない。何も持たない平民が、どうして皇子に見初められるだろう。
意気揚々と帰るヨアンに、サノアは深い溜め息を吐いた。
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