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そして、サノアは暁孝 に求愛する訳だが、それも本心ではなかったという。
旅をする中、思ってしまった、このまま帰っても自分はクオンの隣には居られないと。羽根飾りが見つかったら、それは自分ではない誰かに受け継がれ、その者がクオンの隣に立つのだ。そう考えれば苦しくて、悔しくて、羽根飾りなんて一生見つからなければと思ってしまった。そんな自分の身勝手な思いを振り払うように、サノアは羽を羽ばたかせた。
なので、暁孝の家にたどり着いた時は、半ばやけくそだった。辛い気持ちを振り払うように窓を突いて、うんざり顔の暁孝に言われた「これ以上キレイになってどうする」の一言に、泣きそうになって、慌てて誤魔化していた。
どうしようもないと、思ったからだ。クオンの為に、あの羽根飾りを身に纏う事はもうないと、はっきり突き付けられた思いだった。
羽根飾りを失くした責任を果たすつもりだったのに、それすらも、無意味に思えてしまった。
自分がサノアではない別の誰かとなれば、クオンを忘れられるかもしれない。
暁孝は依頼を引き受ける気配はないし、羽根飾りを見つけられないなら、この家を出て帰る場所はない。死んだってクオンの側にいたいのが、どうしたってサノアの本心だ。
責任を放棄したって、悪者になったって、クオンと誰かの幸せを願えなかった。そんな器の小さな自分の事も、嫌で仕方なかった。
サノアが暁孝に求愛し家に住み着いたのは、そんな自分を消す為だった。
だが、クオンの方は、サノアに罰を与えようと思っていなかったし、羽根飾りが失くなった事に関しては、焦りはしなかった。きっと、誰かが自分を陥れようとしての事だと思っていたという。クオンは幼い頃から声を持たない、それを知っても知らなくても、クオンを長にする事に否定的な意見はまだ根強かった。まさか、自分が部下から神格化される程慕われていたなんて、思いもよらなかっただろう。
だが、サノアを危険な目に遭わせた事には、腹を立てていた。自分を陥れようとしてサノアが襲われたなら、きっかけを作ったのは自分だと。けれど、その思いすら伝えられない。サノアの長への謝罪に何も出来なかったのも同じ、側に長や部下達がいたからだ。クオンは自分が話せない事を知られてはならないと、強く教育を受けてきた。弱みを見せれば、誰が驚異になるか分からないと。
でもそんな事より、何故あの時サノアの味方になってやれる事が出来なかったのかと、後悔に襲われた。態度でだって、何か示せた筈だ。何と言われようと、サノアを守る事が出来た筈なのに。
そして、サノアが姿を消した事を知り、その後悔は更に大きくなった。それからは、クオンは里中を飛び回りサノアを探し続けた。サノアの事が、大事だった。何も話さない自分といても、恐れず普通に接してくれる、沢山お喋りをして、クオンの聞こえない声を聞こうとしてくれて、たまに照れて伏せる瞳が愛おしくて。
初めて会った時から特別だった、彼女を失いたくなかった。
その思いの表れが、暁孝の家を壊しかけたあの巨大な鳥の姿だ。焦るあまり、我を失っていたという。サノアが他の誰かを伴侶に選ぶ等、クオンもまた許せなかった。
再会を果たし、ようやく誤解は解けたようだ。
クオンは声を持たない事をサノアに伝え、声の代わりに、文字で思いを交わしたという。火の鳥には、文字を書く文化があるようで、象形文字のような火の鳥独特の文字だ。
初めから、サノアに声を持たない事を告げられていれば、こんな事にもならなかったのにと、クオンは後悔をして。
羽根飾りを盗んだ犯人の事も、サノアは知る事となった。犯人は、サノアが里を出て数日後、クオンが寝る間も惜しんで里中を飛び回り、サノアを探している姿を見て気持ちが揺らぎ、名乗り出たという。
サノアの責任とさせる為に、羽根飾りは商いの旅をしている妖の荷物に忍び込ませたそうだ。火の鳥達はその妖を探して飛び回っているが、簡単には見つからないだろう。
サノアは、出来れば自分を襲った事への処分はさせないよう願ったという。クオンの隣に立つ資格がないと評価された自分も悪いからと。受ける罰なら、自分にもあるのではと。
クオンは笑い、“ならば、もう勝手に居なくならない事”だと、文字を書き起こした。
“罰ならば、不肖のこの私の妻になってほしい”と。
サノアは、「それは、罰とは言えないじゃないか」と、涙を零した。
「里に帰るのか?」
暁孝の問いに、サノアは頷いた。
二羽はこれから里に戻り、クオンは声を持たない事を里の者に話すという。今まで秘密にしていた事、それでも里の為にありたいという事、サノアを伴侶とし、二羽で失った宝を新しく紡ぐ事。ありのままを認めて貰うのは難しいかもしれないが、受け止めてもらえるよう努力するという。
サノアは、暁孝の元へ羽ばたいた。
「悪かったね、アキ…アタシ、もう全て失ったと思ってさ、アンタに甘えてたんだ。皆を巻き込んで申し訳なかった」
暁孝は皆の顔を見渡し、申し訳なさそうに項垂れるサノアに、首を振った。それから、そっと頬を緩めた。
「…良かったな、幸せになれよ」
暁孝の言葉にサノアは顔を上げ、花が咲くように顔を綻ばせた。それからサノアは智哉 の元へ向かった。向かってくるピンクのリボンに、智哉はまさかつつかれるのかと身構えたが、サノアは首のリボンを解いて、智哉の手に掛けた。
「え?」
「アンタが羨ましかったんだ。怖い思いをさせて、悪かった、本当に。アンタも、幸せにしてもらいなよ」
「おい」と、たまらず暁孝が声を掛けると、状況が分からない智哉は、「え、何?」と戸惑っている。その様子にサノアは微笑み、そしてクオンの側に戻ると、二羽はもう一度頭を下げた。謝罪と感謝の気持ちを込めて。
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