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そして二羽は里に帰った。また後日、二羽で詫びにやって来るという。
巨大な鳥が騒いだので、始 がそれとなく周囲に聞き込みに行くと、近所の妖達は驚き警戒していたようだが、人への被害はなかったそうだ。暁孝 の家が住宅地から少し離れた場所にあるせいもあるだろう、ただ大きな物音は聞こえていたらしく、不思議に思っていたご近所さんには、近所の野良猫が迷い込んで大騒ぎを起こしたせいと誤魔化したらしい。義一 夫妻が居た頃から始はよくこの街に訪れていたので、顔見知りの強みでどうにか納得してくれたようだ。
そして、暁孝は自室の惨状を見て言葉を失った。
「…これ、どこの業者に頼めばいいんだ…」
「俺が手配しておくよ、こういう時、いつも頼んでる業者があるんだ。妖に理解があってね。一般の業者には説明できないし」
暁孝は始の言葉に頷いた。確かに、部屋に木の根が生え出し床が貫通したなんて、状況の説明は困難だ。この木々は、妖が見えない人の目にもしっかり映ってしまう。姿は見えないのに、こういった力だけは見えてしまうのだから、厄介な能力だ。
部屋には、家具という家具が中央に押しやられひっくり返っている。ベッドなんて戻しても、まともに置けないだろう。幸い、仕事道具や日用品は床に散らかったくらいで済んだので、良しとする。
「でも、どうしてこんな事に…」
「多分、智哉 君を守ろうとしたのがキッカケだと思う。まるで誰かに乗り移られたような様子だった。それから、マコ君からはイブキ様と同じ匂いがしたとリン君は言っていたよ」
「イブキ様と?」
「うん…どういう訳だか、まだ分かんないけどね」
暁孝と始が階下へ下りると、ちょうど皆の治療も終わった所だった。
リビングには、疲れた様子のリンがソファーに寝転び、傍らにはマコが心配そうに座っている。
智哉は、手首に腕輪のような物を取り付けられていた。そこから伸びたコードを辿れば、慧 の手の中の機械へと繋がっていた。スマホのようなサイズで、厚みがある。小さな液晶画面とボタンが幾つかついており、画面には英字がずらっと並び、画面を切り替える毎に様々な図形が表れた。
「皆、問題はなかったか?」
智哉が服の袖を直す傍ら、暁孝が尋ねる。慧は頷いたが、どこか困り顔だ。
「俺が今診れる範囲ではね。外傷はリン君が一番酷いんだけど、簡単な処置しかさせてくれなかった」
困り顔の理由はそれだろう。リンは、愛 だけでなく、そもそも人に治療されるのが嫌なのか、治療自体が嫌なのか、自己治癒のポリシーがあるのか分からないが、いつも治癒を拒む。
「…愛先生の治療がトラウマなのかなー」
俺は検体とか取らないのにな、なんて唇を尖らせながら慧が言う。リンが治療を拒む理由は、もしかしたらそれ一択なのかもしれない。
「智哉君の傷も深くないから良かったよ。火傷も軽いし、痕にはならないよ。あと、例の妖の心の声が聞こえる理由だけど、後遺症が関係してるのかもね」
智哉は以前、ヒノという火の妖に意識を乗っ取られた事がある。マコが居た森周辺で、一番強かったという妖だ。妖に乗っ取られた事による後遺症の症状は人によって様々、何らかの体調不良を訴える人がほとんどだが、智哉はそれがなかった。もしかしたら、妖の力が強い分、何か違う形で智哉の中に残っているのかもしれない。
「今は?」
「これ、測定器なんだけどさ、簡易的な。この腕輪にあるセンサーで、体内に残る妖の力を読み取るんだ。でも、智哉君は至って正常、妖の力は欠片も見当たらなかった」
「そうか…本当にどこか異常は感じないか?」
今度は智哉に尋ねたが、智哉は笑って頷いた。少し疲れた様子は見えるが、嘘は言ってなさそうだ。
「トモ、」
そこへ、マコがおずおずとやって来た。智哉を心配しているのだろう。
「大丈夫だよ、マコちゃん。俺、お茶いれてくるよ」
立ち上がる智哉に、暁孝は眉を寄せ「お前は休んでろ」と声を掛けるが、智哉はからりと笑ってキッチンへ向かう。
「平気平気!大した傷じゃないし、暁はカップの場所も分かんないだろ」
「それくらい分かる」
「僕、手伝う!僕、分かるよ!僕に任せて!」
「…マコがやってくれるそうだ」
暁孝がそう言えば、ぴょんと跳ねる羽織を見て、智哉は笑った。
「マコちゃんがやってくれるの?」
「うん!」
今度はクローバーのヘアゴムが動く。きっと頷いたのだと智哉は思った。
「ありがとう。お茶いれたら、一緒におやつ食べようね」
「うん!」
「ほら、座ってろ」
「大丈夫だって、側で見るだけだから」
「俺が見てるから問題ない」
「それが心配なんだって」
「どういう意味だ」
「はいはい、ただお茶いれるくらい傷には障んないからさ」
そう智哉は言いながら暁孝の背を押し、暁孝はキッチンから追い出されてしまった。
そんな暁孝の様子に、始と慧は笑いを堪えうずくまっている。「何がおかしい!」と暁孝が憤慨すれば、「ははは、おかしくないおかしくない!」と、二人して笑って返されてしまった。
「いやいや、何とも微笑ましい光景だなぁ」
「笑ってる場合か、その機械壊れてないだろうな」
すかさず暁孝が睨めば、慧は肩を竦め苦笑った。
「本当に坊っちゃんは」
「坊っちゃんはやめろ」
「はいはい、落ち着いて暁 君」
始は宥めるように暁孝の肩を叩いた。暁孝が腹を立てているのは、始のせいでもあるのだがと睨みをきかせても、この男にはどこ吹く風だ。暁孝は溜め息を吐いた。
「全てをこの測定器で測るのは難しいね。マコ君だって変化はなかったんだろ?」
「はい。数字の上では、正常でしたよ」
「マコ君のように、智哉君の妙な力も、普段は体の奥底に眠っているのかもしれないね」
言ってから始は、マコと楽しそうにしている智哉の姿を見つめる。その様子を見る限り、マコの声は智哉には聞こえていないようだ。
「今は誰の心の声も聞こえていないようだし、あれは一時的なものかもね」
「…何かキッカケがあるのか」
「うん、妖の力を浴びた時にそういう力が呼び出されたのかもしれないな…だから、クオンは智哉君の心に語りかけたんだ。火の鳥の炎を浴びせた時に、クオンもそれに気づいたんだろうね」
「炎を浴びた!?」
「大丈夫!すぐにサノアが打ち消してくれたからさ!」
「…ならいいが」
はぁ、と頭を抱える暁孝に、始と慧は顔を見合わせた苦笑った。
その姿を見て、どれだけ暁孝が智哉を大事にしているのか伝わってくる。気づかないのは、本人達だけだ。
「まぁ、でも、智哉君については、ヒノ様の後遺症によるものってのが濃厚だし、治す方法も見つかるかもしれない。愛君とも相談してみよう。それから、この事は研究部には、」
「内密に、でしょ。分かってますよ、あいつらに知られたら何されるか分かったもんじゃないしね。俺で止めておきます。そうでなくても、マコ君とリン君が加わるってだけで、会社は騒いでますから」
「悪いね」
「…やっぱり反対してる奴らが多いのか?」
「いーや、珍しさで盛り上がってるだけ。今のところ出社しても表には出さないようにするつもりだから」
「でも、妖が相手してくれたら助かるんだよねー。現場でも、会社で話聞く時も、意志疎通がはっきりするからさ。妖科ってくらいだし、妖が働いても良いような気はするけどねー」
「慧君は見える人だからね、見えない人からしたら、大変だよ」
そもそも、見えないものを信じて働いてる方が凄いのではと暁孝は思う。現象や会社の技術によって妖の存在が分かっていても。
それから、お茶がはいりましたよと、マコと智哉がお茶を運んでくれたので、お茶菓子を摘まみながら暫し談笑し、この日はとりあえず解散となった。
怪我人は安静にと、それから暁孝と智哉には、愛に呼び出されるかもと注意を残し、始と慧は暁孝の家を後にした。
二人に礼を言って見送ると、暁孝は皆を見渡してほっと息を吐いた。
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