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「まぁ、良かった、とりあえず無事で」
ほっとする暁孝 を見上げ、マコはしゅんと顔を俯かせた。
「アキ、僕何も出来なかったよ…よく覚えてなくて」
ずっと気にしていたのだろうか、抱きつくマコの頭を撫で、暁孝はしゃがんだ。
「マコは何も悪くない。悪かった、俺もいてやれなくて。ちゃんと智を守ったって聞いたぞ」
「アキ…」
耳も尻尾もしゅんと下げながら、しがみついて泣き始めたマコを宥めていると、マコは疲れてしまったのか、やがて暁孝の腕の中で眠ってしまった。
「俺が部屋に連れていくよ」
「大丈夫か?お前、怪我」
「全然痛くないし!」
くわっと強気を見せるリンに、暁孝は僅か怯みながら、「そうみたいだな」と頷き、肩から力を抜いた。
「ありがとう、悪かったな」
「俺はマコを守るのが役目だからな!」
胸を張ってマコを抱えて二階へ上がっていくリンを見送ると、智哉 も気が抜けたのか、ふわと欠伸が零れた。
「ごめん、あ、晩御飯どうしようか、マコちゃん寝ちゃったし」
「いいから、お前も少し休んだらどうだ?」
「大丈夫だよ。今日は残り物で良い?あ、マコちゃん用におにぎり握っとこっか」
「俺がやる」
「出来ないじゃん」
「それくらい出来る。怪我人が気にしすぎなんだ」
「だって本当に大した事ないし、暁 は過保護すぎ」
笑って言えば、じ、と睨まれてしまった。その視線に智哉はたじろいだ。暁孝のこの視線に、智哉は弱い。絶対引かないという意思の表れだと知っているからだ。
「分かったよ!じゃあ、お風呂入ってくる。汗かいたし」
「入れるのか?」
「入れるよ、それとも手伝ってくれるの?」
「て、」
智哉は会話の流れで、つい冗談が口から零れ出ただけなのだが、暁孝は何か言いかけ、はっとして顔を逸らした。その様子を見て、智哉も要らない事を言ったと気づき、「冗談冗談!」と、慌てて取り繕った。これで手伝うなんて言われても、どうして良いか分からない。風呂を手伝うって何だ、暁孝に体でも洗われるのかと困惑のままその様を想像しかけ、智哉は一気に真っ赤になった。このままでは傷から血が吹き出てもおかしくない。
「じゃ、じゃあ!」と、どもりながら、智哉は逃げるように駆け出した。
「危ないから、走るなよ」
そう注意する暁孝も、何を想像したのか顔が赤い。この顔を見られなくて良かったと、心底安堵していた。
暁孝は少し頭を冷やしてから、思い出したようにマコ達の様子を見に行った。軽くドアをノックし部屋を覗けば、マコの隣でリンも眠ってしまったようだ。怪我のせいもあるだろうし、疲れが出たのだろう。そんな姿を見ていると、留守にしていたので仕方ないのだが、どうしていてやれなかったのか、改めて申し訳なく思う。
暁孝は、はだけた布団をかけ直し、そっと部屋を出た。
そして、帰りがけに自分の部屋を見て、とりあえず被害があったのが自分の部屋で良かったと思った。階下のリビングも影響はあるが、広い部屋なので、皆で過ごせない事はない。さすがに木で埋め尽くされた暁孝の部屋では眠れないが。
暁孝がリビングへ戻ると、智哉も風呂から帰ってきた。暁孝と違い、ちゃんとルームウェアに着替えている。
「傷は大丈夫か?」
「うん、頭洗えないから、体だけ洗ってきた」
ふと、智哉の頭の包帯に目が止まる。
「…頭拭いてやろうか?」
「え?だ、大丈夫、濡れタオルで拭いてきたよ。それよりビックリしたろ?部屋がジャングルみたいで。…あ、でもさ、俺ちょっとは役に立ったよな!なんでクオンの考えが聞こえてきたのか分からないけど」
笑って振り返った顔を見て、暁孝は思わず智哉に手を伸ばし、その体を抱きしめていた。智哉は驚き、タオルを床に落とした。
「あ、暁!?ど、どうしたんだよ」
この幼なじみは、いつも突然に大胆な事をしてくる。
あわあわしていた智哉だが、暁孝の手が、そっと頭の包帯に触れたのを感じると、何かを察したのか、はたと動きを止めた。
暁孝は、包帯に触れた手を智哉の肩に掛け、凭れるようにその腰を抱いた。
気づかぬ内に繕い被せていた皮が剥がれたような気分だった。安心して眠るマコ達、その隣の変貌した部屋の様子、皆傷を負い、その中に智哉がいる。そして智哉は、危険な方へと手招かれているように感じて仕方ない。
笑顔を浮かべる智哉を見て、失いたくないと、体が勝手に動いていた。
「無事で良かった。始さんから連絡きた時、心臓止まるかと思った」
「お、大袈裟だなぁ」
ぎゅっと腰に回された腕に強く抱きしめられ、智哉の方が心臓が止まりそうだ。
「役に立つとか、俺はそれよりも智を失う方が怖い」
「あ、暁、」
「ごめん、少しだけ」
ぎゅっと抱きしめられ、智哉は戸惑いつつも嬉しさを抑えきれず、その背中に腕を回した。
「もう、ダメだな暁は!俺がいてやんないと!」
「嬉しそうにするな、俺は怒ってもいる」
「え、」
「無茶しやがって、全く…」
「ごめんな」
うん、と頷き、暁孝はそっと体を放した。
「悪かったな。そうだ、何か食べれるか?」
「うん。あ、リン君は?」
「二人してぐっすり寝てたよ」
「そっかー」
「あいつらが要らないなら、面倒だからこれで良いだろ」
暁孝が取り出したのは、カップ麺だ。
これなら、智哉も世話の焼きようがないし、ちょうど、賞味期限も近い。
たまにはいいかと智哉も頷き、久しぶりに二人きりの晩御飯となった。
食卓はいつもより静かで、麺をすする音がやけに響いて聞こえる。智哉は、ちらと暁孝を盗み見る。マコ達が来るまではいつも二人だったのに、あの頃の平然としてられた自分が羨ましいやら恨めしいやら。そんな事をぼんやり考えていたら暁孝と目が合い、智哉の胸はどきりと震え硬直した。
「どうした?」
「え?う、ううん!そういや、カップラーメン久しぶりに食べたなーって」
「そう言えばそうだな。でも、智 の料理の方が旨い」
「え?」
「一度買い替えた方が良いな、賞味期限が危ないやつ結構あった」
「そ、そっか。じゃ、早く食べないとね」
うん、と頷いて暁孝は麺をすする。智哉も麺をすするが、どうしてもニヤニヤが止まらなかった。
そっか、俺の料理好きなのか。
暁孝は深くは考えずに言ったようだが、智哉は嬉しくて仕方ない。知らず緊張した気持ちが和らいで、代わりに、心地よい高鳴りが心を支配して、擽ったかった。
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