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その日は、ケーキを買って帰った。愛 の診察を耐え抜いたマコとリンへのご褒美だ。ショートケーキに、チョコレートケーキを一つずつ買って貰い、彼らはすっかりご機嫌だ。
そんなマコ達は、慧 が運転する車の中、物珍しそうに流れる街の風景を眺めている。森の中で育ち、暁孝 の家も東京の片隅の静かな町だ、賑わう都会は何度見ても新鮮らしい。
マコとリンには、まだまだ知らない物がいっぱいある。遊園地や水族館、動物園等も行ってみたいらしいが、行くとなると、表向きは智哉 と暁孝の二人きりだ。それがお互いにデートみたいで照れくさく、ドキドキするというのもあるが、人目のある場所で妖に対し、妖を居ないものとして接するのは、なかなか難しい。
「それなら仕事で行っちゃえば?」
「え!」
「は?」
慧の発言に、瞳を輝かせたのはマコとリンで、不機嫌に声を上げたのは暁孝だ。
「結構居るんだよなー、魚や動物に紛れ込んで餌食べてたり、寝床取ってたりさ。そのほとんどが、人と意志疎通を嫌がる妖ばっかでさ、動物を相手にしてるみたいで大変なんだよ。同じ妖なら、向こうが何喋ってるか分かるだろ?」
「相手にもよるが、大体はな」
「僕、頑張る!」
「頑張らなくていい」
慧の言葉に、リンとマコ、そして疲れた様子で暁孝が続く。
「それに智哉君が心の声まで聞けたらさー、楽勝だよね!」
「え!」
「駄目だ!危ないだろ!また聞けるかも分からないのに、前みたいに意識飛んだらどうする!」
喜ぶ智哉に、すかさず反対する暁孝。
「まったく過保護だよなー、いい加減嫌われるぞ、坊っちゃん」
笑う慧に、暁孝はぐっと言葉を詰まらせ身を引いた。その様子を見て、智哉は少し嬉しくなった。
嫌われたくないんだ、俺に。
それだけで簡単に舞い上がってしまうのだから、自分でも単純だと思う。さっきまで沈んでいたのにと。
「…なんだよ」
「ううん、なんでもないよ」
「…鬱陶しいかもしれないが、俺は言い続けるぞ」
「うん」
「…嬉しそうにするな」
まったくと溜め息を吐く暁孝に、智哉はそれでもニコニコと上機嫌だった。
そして家に到着し、慧には礼を言って別れ、皆は暁孝の家に帰って来た。
家に着いて少しすると、インターホンが鳴った。
「ヨシエさんだ!」
マコはインターホン越しの声を聞き、玄関に走っていく。
つられるようにリンも後を追った。妖だと気づいていないのか、週に三日程やってくるハウスキーパーの芳江は、マコとリンを普通の子供として接しており、リンの翼に関しても、子供達の間で流行ってるアニメの真似事だと思っている。おっとりした人でマコとリンも懐いており、担当が芳江 で良かったと、暁孝は改めて思った。
「待って待ってマコちゃん」
後から智哉がついていく。マコは「はーい」と声を掛けながら、鍵を開けドアを開けた。そこには、いつも通り優しい笑顔の芳江がいた。
「こんにちは、マコ君、リン君」
「こんにちは!」
「…こんにちは」
マコは嬉しそうに返事をし、芳江の持つ掃除用具等が入った鞄を手に取る。体が小さいので持ちずらそうにするマコに手を差し伸べ、リンが代わりに持ってやる、いつもの光景だ。
「あら、リン君。今日は何だかワイルドな翼ね…!」
作り物と思われている翼を、包帯で巻いている姿がワイルドだと思ったのだろう。本当は怪我をしてそうなっているので、リンとしてはどう反応していいのか困惑気味だが、芳江が誉めているのはその瞳を見ればよく分かる。
「…ちょっと、たまには趣向を変えて」
「あら、そうなのね!かっこいいわ!」
ふふ、と笑う芳江は、ぽんぽんとマコとリンの頭を撫でる。その様子に、マコとリンは嬉しそうに笑っている。リンは少し照れくさそうだ。
「僕は今日、何を手伝ったらいい?」
「あら、今日もお手伝いしてくれるの?」
「うん!」
「…マコがやるなら、俺もやる」
「あらあら…」
そう言って、芳江はそっと智哉に視線を送るので、智哉は苦笑って「お願いします」と小声で手を合わせた。それを見て、芳江は微笑み頷いた。一応、マコとリンは依頼主のお宅の子供、お客様だ。芳江はいつもこうして、マコとリンの意思を尊重してくれている。
そうしてリビングに着き、暁孝と智哉にいつものように断りを入れてから、芳江はマコとリンと共に二階へ上がっていく。
「すっかり芳江さんに懐いちゃったね」
「そうだな」
そこへ、見計らっていたかのように、庭からシロがやって来た。
「ヨシエ、来てたね」
「シロ、また何かねだる気か?やめろよ、猫じゃないんだから。もしおかしく思われたら困るだろ」
チリ、とシロの首元の鈴が鳴る。サノアの首のリボンを作った時に一緒に作ったのだが、嫌がるかと思ったら、意外と素直につけてくれた。因みに、シロの首輪は庭に面した家の壁に専用のフックがあり、それに掛けてある。この家に入る時に自分でつけ、外に出る時は自分で外してフックに掛けていく。人で言うなら、靴の脱ぎ履きをしているのと同じだろうか。面倒だが、首輪は人が作った物なので、外で首輪をしたまま歩いていたら、人からは首輪が浮いて歩いているようにしか見えないのだ。
これも妖が見えない智哉の為の目印だが、そんな首輪をつけていると、いつの間にかすっかりこの家の子のようだ。
「やぁ、シロちゃん」
「やぁ、トモ」
智哉には声が聞こえないと分かっているシロだが、ちゃんと返事をし、チリチリと鈴を鳴らして返事代わりとする。
「お言葉だけどアキ、ヨシエにとって僕はれっきとした猫だよ。愛想が悪いより、愛想よくしている方が良いに決まってるじゃないか、おやつをくれるのはヨシエからの気持ちだよ。貰わないと失礼だろ?」
「あー言えばこう言う…」
「ふふん、それよりいいのかい?」
「何が」
「ヨシエ、二階に行ったけど、アキの部屋ってまだ」
シロの言葉にはっとして、暁孝はそれを最後まで聞き終える事なく、急いで二階へ駆けて行く。
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