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出会い 第3話

 金髪だった髪を黒く染めたところで、顔つきまでは変えられない。  目つきが怖いと保護者に怖がられることウン十回。  言葉遣いが乱暴だと保護者からクレームが入ることウン百回。  器物破損することウン十回。  とうとうクビを言い渡された。  たしかにオレは子どもの頃から周囲からは不良だと言われてきた。  だが、ちょっと髪は染めたものの、髪の色素が薄いのは生まれつきだから、元々茶髪だし、授業はサボったことないし、学校行事にもちゃんと参加していたし、成績だって真ん中よりはちょっと上だったし、そもそもグレた覚えはない。  目つきが悪いので生意気だと言われるが、それは生まれつき釣り目なだけで、言葉遣いが乱暴なのは…まぁ…家庭環境のせいでもある。  そんなオレの職業は  …………だった。  三日前までは。 *** 「あ~くそっ!!に負けてんじゃねぇぞ園長の腰抜けがっ!!あんなのただの言いがかりじゃねぇかよっ!!」  どうやっても反りの合わない人間というのはいる。  オレはそれが、自分のクラスの保護者だったのだ。  そして、その保護者が、うちの園に多額の援助金を出してくれている人で、その子どもというのがこれまた、クラス(いち)、いや保育園(いち)の問題児で、親子揃って何でもかんでも全ての罪をオレになすりつけてくる最強最悪のモンスターペアレント、いわゆる、だっただけだ。 「はぁ~……」  職探しに行ったものの、男の保育士を取ってくれるところはこのご時世少ない。  その上、前の職場をクビになった理由が理由なので、余計に……  転職すっかな…… ***  オレみたいに、周囲に不良と間違われるような男がどうして保育士なんかに?と不思議がられるが、オレは自分に向いている職を考えた時に、保育士以外考えられなかった。  母親が夜職で昼夜逆転の生活をしていたので、物心ついた頃には家事はオレがするようになっていた。  アパートには同じような家庭環境の子どもがいっぱいいたので、そいつらにも飯を作って食わせてやったり、夜一緒に寝てやったりしているうちに、いつの間にかオレはそいつらの兄的な存在になっていた。  だから、昔から子どもの面倒をみるのは得意だし、お世話するのも好きだったのだ。  普通なら、面倒見のいいお兄ちゃん、と周囲の大人たちに好感を持たれるところだろう。  だが……  『父親がいない』『母親が夜職』  たったそれだけのせいで、「母親が男にだらしがない」「父親のわからない子」「そんな母親に育てられているのだから、子どももきっと……」というレッテルを貼られる。  小学生にもなれば、親経由のそういう根も葉もない噂からいじめが始まる。  オレだけじゃなく、弟同然の幼馴染たちもみんな同じようないじめにあっていたので、いじめてくるやつらを片っ端からやっつけていたら、いつの間にかヤンキー、不良ということになっていた。  たしかに、家事は全然できないし、彼氏はとっかえひっかえだった母親だが、なんだかんだで愛情を持って一人でオレを育ててくれたし、資格を持っていた方が就職に有利だからと、コツコツ貯めた貯金で短大にまで入れてくれたので、他人にどう言われようとオレにとっては最高の母親だし、本当に感謝している。  その母親はオレが成人して大学を卒業すると同時に再婚した。  今は旦那の海外赴任先(インドネシア)で仲良くやっているらしい。  幸せそうで何よりだ。    ……うん……それは何よりなのだが……  つまり、気軽に帰れる実家がないオレは、次の職を早く見つけなければ……ホームレスになってしまう……! ***  職探しの帰りに、お茶とおにぎりを買って公園のベンチに座ったオレは頭を抱えた。 「あ~……もうこうなったら、とりあえず、日雇いででも……」 『助けてっ!!』  突然、女性の甲高い声が直接響いてきた。  普段ならこういう声はたいてい無視するのだが、あまりに切羽詰まった声だったので思わず顔をあげてしまった。  しまった……っ!  心の中で舌打ちをしながら、視線だけを動かしてあたりを見回した。  少し離れた場所に芝生の広場がある。  その芝生の上をご機嫌で高速ハイハイしている赤ちゃんが見えた。  職業柄、どこにいても子どもは一番に目に入る。  すげぇな、あの子。ハイハイ上手……って、え?  何気なく赤ちゃんの進む先を見た。  その先には、一メートル程の段差があった。  もちろん、赤ちゃんには見えていないだろうし、見えていても止まらないだろう。  赤ちゃんだけに限らず、人間とはそういうものだ。  段差が危険だということを知らなければ、止まるわけがない。  そして、その赤ちゃんの上で、ワンピースの裾をひらひらさせながらロングヘア―のキレイな女性が必死の形相で叫んでいた。 『誰か!この子を助けてっ!危ないっ!!』 「マジかよ……」  オレは咄嗟に走り出した。  その時点でもう赤ちゃんは段差まですぐそこの距離にいた。  ダメだっ!このままじゃ間に合わない!!  一か八か思いきり踏み切り、段差と赤ちゃんの間を目がけてスライディングをした――…… ***

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