4 / 358
出会い 第4話
ズササッと滑りこんだオレは、頭と身体を壁にゴツンとぶつけて止まった。
呻きながらうつ伏せに倒れているオレの背中に、ドスンと柔らかいなにかが降って来た。
「ぐえっ!」
間に合った……か?
クラクラしながら振り返ると、オレの脇腹のあたりにキャッキャと笑う赤ちゃんがいた。
「良かった、おまえ無事かぁ~。こらぁ、勝手に親から離れちゃダメだろ!?もうちょっとで大ケガするとこだったんだぞ!?」
起き上がって赤ちゃんを抱き上げると、ケガがないか調べながら説教をする。
そんなオレの顔をペタペタと触りながら、赤ちゃんはご機嫌だ。
「まぁ、ケガがなくて良かったな。ところでお前の親はどこに……」
「おい、お前っ!!うちの子に何してるっ!?早くうちの子から離れろ誘拐犯!!」
親を探して周囲を見回そうとした瞬間、後ろから怒鳴り声が聞こえた。
何だよ、今度は誘拐!?今日は一体どうなってんだこの公園……
声のする方を見ると、背の高いいかにも仕事が出来ます風の男が眉間に皺を寄せ、ものすごい形相でこちらに向かって走って来ていた。
え?誘拐犯ってこっちにいるのか!?どこだっ!?っていうか、もしかしてあいつが誘拐犯か!?
思わず腕の中の赤ちゃんを抱きしめながら、周囲を警戒していると、先ほどの男が追い付いてきていきなりオレの腕の中から赤ちゃんを取り上げた。
「おい、何すん……」
「うちの子を誘拐しようとした目的は何だっ!!金か!?それとも……」
「はあっ!?誘拐って……オレがっ!?」
どうやら、誘拐犯というのはオレのことだったらしい。
「お前以外に誰がいる!!言い逃れはできないぞ!?うちの子を連れていただろうっ!!」
『違うってばっ!!助けてくれたのよ!?ねぇ、聞いてっ!?あなたが電話に夢中で目を離してた間にこの子がハイハイして行っちゃったのよ!!』
赤ちゃんの危機を知らせてきた女性が、必死にその男に話しかけているが、男は相変わらずオレを誘拐犯だと決めつけて怖い目で睨んできている。
「やってらんねぇ……」
何だよ、こいつもあいつらと同じモンペか。
「警察を呼ぶ!そこを動くなっ!?今回は未遂だが、どうせ余罪もあるんだろう?檻の中で自分のしてきたことを反省して後悔すればいい!」
その言葉に、オレの中のなにかがブチッと音をたてて切れた。
オレは子どもや保護者にキレたことはないし、仕事ではずっと理不尽なクレームに頭を下げ続けていた。
だけど、今は仕事じゃないし、なにより相手は自分の担当していた子どもの保護者でもない。遠慮する必要なんてないよな?
「っざけんのもいい加減にしろっ!助けてやったのに誘拐犯扱いだ!?どんだけ頭湧いてんだよ!オレが気づかなきゃこの子は今頃頭からここに落ちてたんだぞ!?」
「え……?」
「いいか?ハイハイできるようになったら目を離すなっ。大人が思う以上に赤ちゃんの移動速度は早いんだよっ。この子がいなくなった時お前は何してたんだ!?まだ赤ちゃんだから大丈夫だろうとでも思って、そこら辺に放置して、自分は携帯でゲームでもしてたんじゃねぇのかっ!?」
「わ、私はゲームなどしない!……仕事の電話をしていただけだっ!」
一気に捲し立てるオレに、若干たじろぎながらも、男はキュッと眉をひそめて反論してきた。
「余計に悪いわっ!お前の顔についてるその目は飾りか馬鹿野郎っ!!電話しながらでも目で見るくらいできるだろうがっ!!人を犯罪者呼ばわりする前にてめぇの過失を認めて、育児に関する知識と親としての自覚をもっと磨いてこい!!わかったかっ!!」
「なっ……!」
オレを犯罪者呼ばわりした男は、あんぐりと口を開けて固まった。
まさかオレみたいな不良に育児について説教されるとは思っていなかったのだろう。
あースッキリした!
***
今までの鬱憤 も込めて言いたいことを言ったオレは、清々しい気分でその場を後にした。
だが、思った以上に頭をぶつけた衝撃が残っていたらしく、立ち上がると軽く眩暈がしてふらついたので、先ほど座っていたベンチに腰かけてまた頭を抱えた。
頭には小さなたんこぶが出来ていたが、外傷はなさそうだ。
ふと痛みを感じて頬に触ると血がついた。
うわ……マジかぁああ!!
自分がどんな顔になっているのかわからないが、血が出ていると言うことは、少なくとも擦り傷が出来ているはずだ……
ただでさえ、目つきが悪い=素行が悪い、と思われがちなのに、こんな顔じゃ面接に行けない……
『ありがとう』
長いため息をついた途端、また頭の中に声が響いてきた。
だが、オレは何も答えなかった。
答えてしまえば、厄介なことになると知っているからだ。
俯くオレの目に、風もないのにひらひらと揺れているワンピースの裾が見えた。
『あなたのおかげであの子が助かったわ。兄が失礼なことを言ってごめんなさいね』
どうやらこの女性はさっきの男の妹らしい。
兄とは違って、妹の方はまともだな。
つーか、オレじゃなくて、兄の方に助けを求めれば良かったのに……
『ねぇ、なんで無視するの!?あなた聞こえてるんでしょう?だから助けてくれたんでしょう?……もぅ!……まぁいいわ。あなたが気づいてくれて本当に良かった。兄は鈍感らしくて私がいくら話しかけても全然気づいてくれないの……今までにもあの子を何度も危ない目に合わせて……』
「はぁ?何度もって……たしかに、見るからに育児なんてしてなさそうだけど……そんな男に任せてあの子の母親は何してんだ?」
あ、やべっ……
思わず答えてしまった。
っていうか、もしかしてあの子の母親って……
「母親はいない」
「……え?」
男の声に顔を上げると、目の前に使い捨てのおしぼりが差し出されていた。
***
ともだちにシェアしよう!