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出会い 第7話

綾乃 五月(あやの めい)(ピーチ)姫保育園で1年半程勤務。0,1歳児クラスと4,5歳児クラス担当。多少口調は乱暴だが、勤務態度、子どもへの接し方は文句なし。子どもや保護者からの人気も高い。ただ、4,5歳児クラスの一部の保護者からのクレームが相次ぎ、先日クビになった。……と」    由羅が、突然何かの報告書でも読むかのようにオレの職歴を口にした。   「何でそれを……」 「調べた。名前がわかれば、ここら辺の保育所で男性保育士は珍しいからすぐにわかったぞ。園長に話を聞いたところ、クレームを入れてきた保護者が園に多額の寄付金を出してくれていたから、言うことを聞かざるを得なかったと。他の保護者や子どもたちからはきみがいなくなって残念がる声が多数上がっているそうだ。きみは優秀な保育士だったようだな」  どうしてこいつはオレのことをそんなに調べてんだ……    由羅の意図が読めず若干気持ち悪かったが、それよりも……他の保護者や子どもたちが残念がっていたという言葉に不覚にもうるっときた。 「別に……優秀なんかじゃねぇよ……オレなんてまだまだ新米だし……子どもたちだってようやく……っ」  新年度から半年経って、ようやくクラスの雰囲気も出来上がって、これからてんこ盛りの行事をみんなと楽しく……そう思っていた矢先にクビになって、ろくにお別れも言えずに保育園を後にしたから…… 「まぁ、どうせあいつらも……新しい保育士が来たら、そっちに懐いてオレのことなんてすぐに忘れちまうんだよ。乳児期~幼児期の記憶なんて、残ってるヤツは少ねぇだろ?小学校、中学校、高校の先生なんかと違って、保育士ってのは、そうやって忘れられていくもんなんだよ……」  ……そうやって自分に言い聞かせてないと、この仕事はやっていけないのだ。  仕方のないことだとは言え、もちろん本当は忘れて欲しくなんかない……こんなのただの強がりだ…… 「……たしかに、私も幼少期の記憶は曖昧でほとんど覚えていないな。だが……それでも、優しくしてもらったことや楽しかったことは何年経ってもきっとどこかに残っていると思うぞ」  意外にも由羅が慰めるような言葉をかけてきて、頭を撫でてきた。  その手が大きくて温かくて、なぜかまた、ちょっとだけ……ほんのちょっとだけ、うるっとなった。 *** 「ところで、本題に入ってもいいか?」 「ほんらい?」  オレが鼻をズズっとすすると、由羅がティッシュを箱ごと渡してきた。 「……どうも……」  若干の気まずさを感じながら、2~3枚とって、盛大に鼻をかむ。  オレが鼻をかみ終わるのを待って、由羅が話しを続けた。 「きみは今無職だよな?それに、どうやら職探しがうまくいっていない」 「……っせーな!それがなんだよ」  誰のせいで職探しが進んでないと思ってんだっ!  ケガさえしなきゃ……今頃日雇いバイトくらいは…… 「私は今、先日きみに助けてもらったうちの子をみてくれるベビーシッターを探しているんだ。近隣の保育園はいっぱいで入れなくてね、私が仕事を休んだり、姉に手伝って貰ったりしながら、ベビーシッターを探していたんだが、うちは少し事情があって誰にでもは任せられないんだ」 「へぇ?」 「信用できるベビーシッターを探していたところに、きみと出会ったんだ。あれだけ捨て身であの子を守ってくれたきみなら、信用できる。それに保育士をクビになった理由もきみには非がないとわかったし、子どもたちからの信頼もあるみたいだし。きみなら大丈夫だ」 「何が?」 「だから、うちでベビーシッターをしてくれないか?」 「嫌だ」 「そうと決まれば、さっそくきみの……って、え?」  由羅はオレが断るとは思っていなかったらしく、耳を疑うような顔でオレをマジマジと見つめてきた。 「嫌だ。お断りします」 「なぜだ?きみは今無職だろう?きみは仕事を探している。私はベビーシッターを探している。何が問題だ?」 「はぁ!?いやいや、問題しかないだろ!?まず、オレはあんたのことを知らない。それにあんたが勝手にオレのことを調べていたことも気に食わない。なにより……いきなり誘拐犯扱いしてきたやつのところにベビーシッターに行くなんざ絶対に嫌だ!」 「あぁ……そうか。そうだな……じゃあ……」  突然、由羅が右手で助手席の窓枠をドンッと叩いて、オレに覆いかぶさってきた。 「……は?え?な、なんだよ!?」  殴られる?いや、それにしては顔近くねぇかっ!?なんなんだ!?  わかった!頭突きか!?オ、オレ頭の硬さなら負けねぇぞ!?  戸惑うオレのことなど見向きもせずに、由羅はそのまま手を伸ばしてオレのシートベルトを締めた。 「ちょっと家に来てくれ。今の話について、ちゃんと話したい」  シートベルト……?  いや、お前にやってもらわなくても、シートベルトくらい自分で出来るわっ!!オレは子どもかっ!!  っつーか…… 「ここで話せばいいだろ!?」 「ダメだ。もうすぐ莉玖を迎えに行かなきゃいけないからな」  そう言うと、由羅は車のエンジンをかけた。  おいおい、これ立派な拉致誘拐とか言うやつじゃねぇの!?俺よりもおまえの方が危ないやつじゃねぇか!! 「ちょっ、車停め……」 「今日は姉にみてもらってるんだが、姉も幼い子を4人抱えていてね。下の子は双子だから大変そうなんだ」  オレの訴えを遮って、由羅が呑気に話しを続けた。  あ~も~!どうにでもなれっ!!  ジタバタしても仕方ないので、オレはため息を吐きつつ、ドサリとシートに身体を預けた。 「へぇ~、そりゃ大変だな。お姉さんは専業主婦?」 「あぁ、4人とも保育園には通っているが、その間に家事をこなすのが精一杯らしくて、とてもじゃないが仕事はできないらしい。結婚するまでは仕事一筋の人だったんだがな」  そりゃ小さい子4人も抱えてたら大変だよな……誰か助けてくれる人が傍にいれば別だけど…… 「そういや、あんたの親は?孫見て貰えねぇの?」 「父は亡くなった。義母は……今寝込んでいてね。とても子育てができる状態じゃないんだ」 「そうなのか……」  莉玖の母親は?と聞こうとして、そういや前に莉玖の母親はいないと言っていたことを思い出した。  一人であんな幼い子を育てていくのは……大変だよな。  しかも、男で、どう見ても子どもに慣れてないし。  少し気持ちが揺らいだが、でも、ベビーシッターをする気はなかった。  モンペの相手はもうコリゴリだ。  いくら勤務態度やらいろいろ調べてオレのことを信用できると思ったって言っても、こいつは出会った瞬間、いきなり誘拐犯扱いしてきたようなやつだぞ!?  そんなの、もし保育してる時に子どもや家の中のものに少しでも傷がつくようなことがあれば、こっちの話も聞かずに治療費だ、弁償だ、警察だってまた騒ぐに決まってる!!  子どもは可愛いけど……あらぬ疑いをかけられて、何でもかんでもオレのせいにされて、理不尽に頭を下げるのはもうイヤだっ! ***

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