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出会い 第10話
「――ところで、オレがもしそいつらの仲間だったらどうすんだよ?」
「きみのことは調べたと言っただろう?きみは大丈夫だ」
「今はな?でももしかしたら、途中で向こうから何か言われるかもしれないだろ?」
オレがここでベビーシッターをしていれば、もしかしたら、そいつらから接触してくることもあるかもしれない。
金をやるから莉玖を連れ出せとか、いろいろ聞き出せとか……
「きみなら大丈夫だ。金と莉玖を天秤にかけたりなんかしない。きみは莉玖のことを必ず守ってくれる」
由羅が表情を変えずに、さも当たり前のことのように言う。
そりゃもちろん、金と子どもを天秤にかけたりしねぇけど……オレのことなんてほとんど知らないくせに、お前のその自信はどっから来るんだよ!?
「なんだよそれ、わかんねぇだろ!?オレだって大金積まれりゃ寝返ることだってあるかも――」
「それはない。無職で仕事を探しているのに、私からの申し出を即座に蹴ったきみが、金くらいで幼子を危険な目に合わせるとは思えない。それに、金が欲しいなら私がいくらでも出す。給料も待遇も全てきみの望み通りにする」
「望み通りって……」
「この家でベビーシッターをするにあたって、きみの条件は何だ?」
「条件……?オレは……えっと……」
え、働く上での条件って何だ!?
え~と、そうだ!職探ししてた時によく聞いたアレ、え~と……
「ふ、ふくりこーせー?がしっかりしてて、えっと、しゅ、週休二日で、あとは……毎月ちゃんと給料くれて……」
「あ~わかった、ちょっと待て」
ハテナマークを飛ばしまくっているオレを見かねて、由羅が紙に何か書き出していく。
「オレ……契約とか難しいことはわかんねぇよ……今まで給料とか条件とかよりも、とにかく男の保育士を雇ってくれるところってだけで探してたし……」
「そうみたいだな。私の言い方が悪かった。とりあえずこれが最低限の条件だ。で、これ以外に何か質問とか要求があれば言ってくれ」
由羅が最低限の条件として出してくれたものは、たぶん今まで見たいろんな求人の中でもダントツに好条件だ。
うん、よくわかんないけど、なんかいっぱい書いてあるし!!
一通り目を通して、気になったことを聞いてみる。
「休みが不定期ってのは?」
「それなんだが、私は今はこういう状況だから有給を使っているが、普段はなかなか休みが取れないんだ。だから、必ず土日休みをやるとは言い切れない」
「あぁ、それじゃあ――……」
オレは働くことは別に苦じゃないし、特別ハマっている趣味があるわけでもないので、週休一日でも全然いいと言ったのだが、由羅は「どうにかして必ず週に二日は休めるようにする」と言ってきかなかった。
「それと、給料はいくら欲しい?」
「え?」
「手取りの分を言ってくれれば後はこちらで調整するが?」
「手取り?え?」
給料って、オレが決めるもんなの!?
雇い主側が決めるものだと思ってた……
「あ~……以前はいくら貰ってたんだ?」
「えっと……〇万円くらい?」
「はぁ!?なんだそれは!!」
以前の給料を言うと、由羅が急に怒り出した。
「そんなの少なすぎじゃないか!?」
「え?でも、オレ臨時保育士だったし、だいたいそんなもんらしいぞ?」
「……そうなのか?」
どうして由羅が怒るのかわからず、少し戸惑う。
何かおかしいのか?少なすぎって、でも他の求人とか見ても同じくらいだったし……
「えっと、じゃあ、それよりもちょっと多めにくれればいいよ」
「……わかった」
その後も、由羅に言われるまま条件とやらを絞り出して、雇用契約書を作った。
っていうか、あれ?オレいつベビーシッターやるって言ったんだっけ……
なんか完全にオレがやるってことに……まぁいいか。
***
「なぁ、なんかスゴイ条件多いけど、ホントにいいのか?こんなになんか……いろいろ付けても」
「構わない。きみが買収されないようにするためなら、これくらいどうってことないし、これらのほとんどは働く上での当然の権利だ」
「なんだよそれ、結局俺が金でぐらつくって思ってんじゃねぇか!」
由羅の言い方に少しムッとする。
信用してるって言いながら、なんか全然信用してなくね?
オレが買収されるって思ってるってことだろ?
「あ~……いや、そういう意味じゃない。他の条件でもって話だ。うちよりも好条件で他の職場に引き抜かれても困るからな」
「オレみたいなのが引き抜かれるかよ……つーか、何かお前……必死だな。こんなにいい条件つけるなら、オレよりももっと優秀でベテランの保育士が来てくれると思うけど?」
「そうかもしれないが、莉玖の置かれている状況的に、ある程度フットワークが軽い方が安心なんだ。何かあった時に咄嗟に莉玖を抱いて逃げるとか、その……ベテランだと難しいだろう?」
「あぁ……まぁ確かにな。女の人だとキツイかもしれないな」
今はまだ小さいが、だんだんと大きくなってくると莉玖を抱っこして逃げるというのは女性では体力的に厳しいだろう。
つまり、そういう意味でも男のオレがベビーシッターをした方が都合がいいということか。
オレはようやく納得した。
「わかった。いや、全然わかんねぇけど……でも莉玖のことは必ず守ってやるよ。自分の担当した子どもは我が子も同然だからな」
オレが契約書から顔を上げてそう言うと、由羅が少し表情を綻ばせた。
初めて見る表情に、胸がドキドキして、オレは慌てて顔を伏せた。
な……なんだよ、仏頂面以外の顔もできんじゃねぇか……
っていうか、さっきからやけに動悸が激しいんだけど、オレ大丈夫か?どっか悪いのかな……うつる病気だったら困るし、病院に行っておいた方がいいかな……
***
「――それじゃあ、きみさえよければさっそく明日からでも……」
「そ・の・ま・え・に!!」
オレは由羅の顔に人さし指を突きつけた。
「なんだ?」
「上を片付けるぞ!!」
由羅の顔に突きつけていた人さし指を、天井に向ける。
「片付け?」
オレの指につられて上を見た由羅が、軽く首を傾げた。
「泥棒が入ってもわかんねぇくらい荒れ放題だったじゃねぇかよっ!部屋が汚いのは子どもに良くない!莉玖はまだ帰って来ねぇんだろ?」
この家に入ってあのリビングを見た時から、ずっと掃除したくてうずうずしていたのだ。
「あぁ、後一時間くらいは……」
「じゃあ、それまでに部屋の片づけと掃除をするぞ!お前も手伝え!!」
「はい……」
地下室から出ると、オレは腕まくりをして、荒れ放題の部屋の片づけを始めた――
***
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