「……ところで、綾乃は食べたのか？」 　莉玖を抱っこして寝かしつけているオレに、珍しく由羅が話しかけてきた。 　いつもは黙々と食べるのに……あ、もしかして…… 　 「ちゃんと味見はしてるっつーの！イヤなら残せよ！オレは無理して食えとは言ってねぇだろ！？……で？どれがイヤだったんだ？」 　 　莉玖をあやしながら、声を抑えて返事をし、オレはテーブルの上を見た。 　由羅は最初に、食べ物の好き嫌いやアレルギーはないと言った。 　メニューも買い物も全部オレに任せられている。 　だけど、好き嫌いがないなんて言っても、やはり味の好みはあるはずだから、食事中の様子でこっそりそれを探っている……のだが……こいつ無表情すぎて一体何考えてんのかわかんねぇんだよっ！ 　一応お世辞は言えるらしく、毎回一口目に「うまい」とは言ってくれるが、その後は、ただ機械的に口に運んで完食するのだ。 　誰がどう見ても、うまそうなものを食べているようには見えない。 　 　でも、今日はちょっと食べるのが遅いな。 　なんだろ……なすびの味噌汁が苦手か？ 　 「イヤだなんて言ってない。綾乃の作る飯はうまいと言っただろ？そうじゃなくて、綾乃は晩飯を食べたのかと聞いているんだ」 「は？オレは食ってねぇよ？」 「じゃあ、後で交代するから綾乃も食べろ」 「いや、オレはお前が食い終わったら、風呂掃除してさっさと帰りますけど！？そもそも、魚はお前らの分しか買ってねぇし、お前らの分しか作ってねぇよ」 「なぜ買ってないんだ？帰ってから作るのは大変だろうから、綾乃も一緒に食べるようにと言ってあったはずだが？」 　由羅が軽く眉間に皺を寄せる。 　たしかに、前々から晩飯も一緒に食べろと言われてたけどさ…… 　っていうか、風呂にしろ晩飯にしろ、なんでそんなにオレにすすめてくるんだ？ 　え、もしかして、オレが知らないだけで家政夫っていうのは、そういうもんなのか？ 　雇い主の家でお風呂入ったり、ご飯食べたりすんの？ 　って、ねぇよ！！さすがに、それはねぇだろ！？ 　住み込みならともかく、オレは通いなんだから…… 「だから、前々から言ってるけど、オレは適当に弁当でも買って帰るからいいんだよっ。でも今日は買い物した時に割引の惣菜があったから、それを買ってある。あ、ちゃんと金は分けてあるからな？」 「私にはちゃんと食えと言うくせに……綾乃も人のことを言えないじゃないか」 　由羅が憮然とした表情でオレを見た。 「オレは作ってる時に味見してるし……」 「味見なんて少しだろう？昼飯は莉玖と一緒に食べてるんだし、晩飯も食べていけばいいじゃないか」 『そうよ、食べて帰ればいいじゃない！どうせ作るんだから自分の分も作ればいいのに』 「そうだけど……」 　オレは、由羅と、頭の中に響いてきた声に一度に返事をした。 　由羅の言う通り、昼飯は莉玖と一緒に食べている。 　莉玖の散歩がてらベビーカーを押して近くのスーパーに行くのが日課なので、その時に値引き品を見つけたら、自分の分として買っているのだ。 　値引き品がない時は、適当におにぎりかサンドイッチを買う。 　もちろん、財布は別にしてある。 　昼飯は莉玖とオレだけだから、そうやって分けられるが、晩飯は由羅の分も作らなければいけない。 　さすがに莉玖と由羅とオレの三人分をそれぞれ調理するのは面倒くさい！ 　全部一緒に作ればいいと思うかもしれないが、オレの分も一緒に作ると言う事は、オレも由羅たちと同じ食材を使うということなので、オレの毎月の食費が変わって来る。 　由羅たちの食材も、特別高いものを選んでいるつもりはないが、さすがに値引き品は控えているので、超絶節約したいオレにしてみれば、同じ食材を買うのはかなり厳しいのだ…… 　う～～～ん…… 　由羅は莉玖の頭に顔を埋めて唸るオレを見て、軽く息を吐くと、それ以上言うのをやめて、また黙々と食べ始めた――…… ＊＊＊ 「ごちそうさまでした」 「え？あ、はい、上手に美味しく頂けました。残さず食べてえらいぞ！」 　どう断ればいいのか考え込んでいたオレは、由羅のごちそうさまの声を聞いて慌てて顔を上げた。空になった食器が目に入ったので、反射的にそう言ってニッと笑った。 「ん？」 　キョトンとした顔で由羅に聞き返されて、ハッとする。 「……あっ！悪い、えっと、い、今のは間違い！！え～と、あっ、お粗末様でした！それじゃ風呂掃除してくる！！」 　オレは、顔が熱くなったのを誤魔化すように早口で捲し立てると、由羅にウトウトしかけていた莉玖を押し付けるようにして渡し、浴室に向かった。 　あっっっっぶねぇ～～！！ついいつもの癖で…… 　子ども達に言っていた言葉が出て来てしまった。 　身に沁みついた言葉は、油断をすると反射的に出て来てしまう…… 　 ＊＊＊ 『ねぇ、本当に食べて帰ればいいのに。何遠慮なんかしてるの？』 「遠慮してるわけじゃねぇよ。っつーか、話しかけんなよ」 　オレは、風呂桶の上でふよふよ浮きながらオレの風呂掃除を見物しているワンピースの女性、莉玖の母親である莉奈に向かって、ため息交じりに小声で注意をした。 『あら、だってあなたしか私の声が聞こえないんですもの。少しくらい話し相手になってくれてもいいじゃないの』 「だから、昼間ならいいけど、もう由羅が帰って来てんだろ！由羅はあんたのこと気づいてないんだから、オレが一人で喋ってると変に思うだろうがっ！それに、下手に話してたらほら、盗聴とか……？」 『今のところ大丈夫よ。一応私も調べたもの』 「ほんとかよ？」 『本当よ』 　まぁ、盗聴なんて物騒な話じゃなくても、莉奈との会話は他人に聞かれるわけにはいかない。 　なんせ、莉奈はもうこの世のものではないのだから…… ＊＊＊