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ひとつ屋根の下 第16話

「ただいま」  由羅が普段よりも少し遅く帰宅したおかげで、オレはなんとか気持ちを落ち着かせることに成功し、普段通りの顔で由羅を出迎えることができた。  朝のキス(あれ)は事故!あんなのノーカン!! 「おけぇ~り。ほら、莉玖見てろ!」 「綾乃、話が……」  オレは莉玖を抱っこして寝かせようとしているところだったが、とりあえず由羅に莉玖を渡して先に飯の支度をしに行った。  いくらムカついても、一応雇い主だからなっ! 「おら、飯食え!オレは莉玖を寝かしつけて来る。風呂は勝手に入れよ」  飯の支度をすると、交代して莉玖を寝かしつけに寝室に向かった。  莉玖は由羅の寝室にあるベビーベッドで寝ている。  由羅の寝室はやたらと広い。  キングサイズのベッドとベビーベッドを置いても全然空間に余裕がある。  というか、独身のくせにキングサイズって……贅沢すぎんだろっ!  あ、わかった!由羅って寝相が悪いんだなっ!  莉玖がもう少しで眠りそうというところで、扉が遠慮がちに開いた。 「綾……」 「しゃべんな、莉玖が起きんだろうがっ!交代しろ」  ほぼ口パクで由羅を叱りつけて、寝かしつけを代わる。  そっと部屋を出て、風呂掃除やキッチンの片づけを済ませた。  よし、帰ろう!  帰宅してからずっと、由羅が何かを言いかけてた気がするけど、そんなことどうでもいい。  なぜならオレは、まだ朝のことを怒っている!    今日の連絡は連絡帳に書いてあるし、特に由羅に話しておくことはない。  ちょうど今は寝かしつけをしているから、このままそっと帰ってしまおう!  そう思って玄関に向かったオレは、玄関にあるはずのオレの荷物が消えていることに気が付いた。    え?……なんで?だって、昼間買い物に行ったときには玄関にあったのに……  玄関から出て外を見てみるがそれらしきものはない。  庭の方を見ても何もない。  なんでオレの荷物が消えてるんだっ!?  え、もしかして、由羅に捨てられた!?  それか……ど……泥棒!?  オレが庭でキョロキョロしていると、二階のベランダから由羅が顔を出した。 「綾乃、入って来い」 「あ、由羅!オレの荷物知らねぇ!?玄関に置いてあったのになくなってて……」 「私が移動させた。こっちだ」 「はあ?移動させたってどこに?」  っつーか、犯人はお前かよぉおおお!!  まぁ、泥棒でも、捨てられたわけでもないようなので、少しほっとしながら家の中に戻った。 *** 「こっちの部屋に置いてある」  由羅についていくと、オレの荷物は由羅の寝室がある二階の反対側にある、ゲストルームに置いてあった。 「すぐに帰るのになんでわざわざこんなとこに……」 「帰らなくていい。というか、帰る場所がないのだろう?今日からここを綾乃の部屋にすればいい」 「……ほえ?いや、オレの部屋って……ええ!?」  由羅の言葉の意味がわからない。 「だから、綾乃は家がなくなったんだろう?ネカフェとやらに泊まるくらいなら、ここを使え。どうせ空き部屋だし」  ハテナマークを飛ばしまくっていると、由羅がもう一度丁寧に説明をしてくれた。 「いやいやいや、何言ってんだよ、ここを使えって……オレにここに住めってこと!?」 「そういうことだな。綾乃を雇った時から考えてはいたんだ。ここまでの通勤は遠くて大変そうだし、私の仕事のせいでしょっちゅう帰りが遅くなってしまう……綾乃もここに住めば夜遅くに帰ることもないし、朝も少しはゆっくりできるだろう?」    どうだ?という顔で由羅がオレを見てきた。 「いや、でもそれって……」 「今も、ベビーシッターだけじゃなくて、家のことまでしてもらって家政夫のような状態なんだから、住み込みの家政夫だと思えばいい。もちろん、一緒に住んでるからって勤務時間を24時間にするつもりはない。今まで通り、私が帰ってきたら、綾乃の仕事は終わりだ。後は自由にしてくれればいいし、ちゃんと休日もあるぞ?」 「え……と……」  唐突すぎて混乱しているオレに、由羅が畳みかけて来た。  確かに、ここに住めば通勤時間がないから、寝る時間も少し長めに取れるけど…… 「必要なものがあれば、用意する。とりあえず、ここは元々ゲストルームだから、部屋の中に風呂もトイレもあるし、テレビもベッドもある。キッチンはないが、食事は一緒に食べればいいだろう?」 「え、待て待て、え~と、その場合……その、家賃……とか、光熱費?とか……」  住み込みの家政夫って、なんかドラマとかでめっちゃ金持ちの家でメイドとか執事とかが出て来るやつみたいな?  ああいうのって、給料とかどうなってんだ?  住む世界が違うというか、全然想像つかないので、何が正解なのかわからない。 「そんなものはいらん。だいたい、まだ他にも空き部屋はあるし、私と莉玖だけで暮らすにはこの家は広すぎるんだ。もう一人くらい増えても何も変わらない。光熱費だって、一緒に食事すればいいだけの話だし、綾乃が嫌じゃないなら私たちと一緒の風呂を使ってくれても構わない。そうすれば水道代やガス代は少しは浮くだろうな」 「でもそれは……やっぱりダメなんじゃねぇの!?」 「というか、下宿だったら家賃を取るが、住み込みで働くのだから、むしろ私が住み込み手当を出すべきじゃないか?」 「えええ?なんだそれ……」 「普通に考えれば……住み込みで働くのは嫌だろう?24時間ずっと雇い主と一つ屋根の下なんだからな」 「別に……嫌ではねぇけど……」  確かに他の家庭に住み込みでってなったら、緊張してずっと一緒にいるのはキツイかもしれないけど……由羅と莉玖なら……たぶん24時間一緒にいてもそんなに嫌じゃないと思う。  だって、結構好き放題言ってるからストレスはたまらないし……いや、由羅は謎の言動があるからそれがちょっとストレスだけど…… 「なら、決まりだな。じゃあとりあえず、綾乃は晩飯を食べろ。莉玖は寝たから心配しなくても大丈夫だ」 「あ……うん」  展開についていけず、茫然としながら由羅の後に続く。 『兄さんもたまには良い事言うじゃないの!ようやく気付いたわけね。まったく、私は最初から、綾乃くん通勤大変そうだから住み込みで働いて貰った方がいいんじゃないの?って言ってたのよ?毎晩枕元で言い続けてきた甲斐があったわ!』  由羅の頭の上で、莉奈が得意そうに腕を組んでうんうんと頷く。  ほほ~?そうか、これはお前のせいかよっ!!  いくら鈍感な由羅でも、一ヶ月もずっと枕元で言い続けられたら無意識に洗脳されていてもおかしくない。  莉奈さん、それもう悪霊の域に入ってねぇか!?  怖ぇ~~っ……!!  よし、莉奈はなるべく怒らせないようにしよう……! ***

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