17 / 358
ひとつ屋根の下 第17話
まだ混乱しながらも、ひとまず冷蔵庫から惣菜を出して、残っていた御飯と一緒に温めた。
今晩ネカフェに入る前に食べようと思って買ってあったものだ。
「綾乃、スープはもう残ってないのか?」
「え?いや、まだ残ってるぞ?お代わりか?」
オレが立ち上がろうとすると、由羅が手で押しとどめて、座るように促してきた。
「そうじゃない!あるなら、綾乃も食べればいいだろう?」
そう言いながら、由羅が残っていたスープをお椀に入れて出してくれた。
「え、あ、アリガトウゴザイマス」
「綾乃の分も一緒に作って食え、と私は何度も言っているはずだが?」
少しイラついた口調で、由羅がオレを見下ろした。
「……あ~でも、それだと食費を分けるのが難しくなるし……」
オレが言葉を濁していると、由羅が向かい側に座った。
「綾乃、お前が来てから、うちの食費は一ヶ月でだいたいどれくらいかかった?」
「え?えっと、今月は確か……粉ミルクも足す?」
「いや、ミルク抜きで」
「だいたい――……」
今月の食費を恐る恐る口にする。
高すぎかなぁ……やっぱ他人様の子の食べる物だから、値引きのものは避けて新鮮でなるべく安いのを狙ってはいたんだけど……
「え、そんなものなのか?」
由羅が眉をピクリとあげて、少し驚いた顔をした。
「そんなものって……?」
「いや、すまない。予想していたよりもだいぶ低かったから……莉玖が来る前は私は外食で済ませていたと言っただろう?その頃の一ヶ月の食費はだいたいそれの倍以上かかっていたからな」
「はぁ!?莉玖が来る前って……お前ひとりだろう!?どんな豪勢なもん食ってんだよっ!!」
三ツ星にでも通ってたのかよっ!!
この家を見た時から薄々気づいてはいたけど……やっぱこいつ金持ちだ……
金銭感覚がおかしいっ!!
だいたい、このクソ広い家にひとりで住んでたってどういうことだよ!?
「別にそんなに豪勢なものは食べていないが……まぁ、それは置いといて、じゃあ、綾乃の食費は?」
「オレはだいたい一ヶ月に食費に使うのは一万円以下だ。一日二食とか一食の時もあるし、まぁ、保育園では給食が出てたから、昼飯は必ず確保出来てたし、残飯をたまに貰ったりしてたし、惣菜も値引きしてあるやつしか買わねぇから……」
「じゃあ、私も毎月食費として、綾乃から五千円貰う。それは給料の方から引いておくぞ。それでいいだろう?」
「え?あぁ……はい」
そういや保育園でも毎月給食費は五千円払ってたな。それくらいが妥当なのかな?
「よし、それじゃあ、綾乃もちゃんと私たちと同じものを食べること。いいな?」
「ふぇーい」
この時オレは、給食費は昼の一食分で毎月五千円だったのに対して、由羅の家では、由羅たちと同じものを食べて、一日三食分で毎月の食費が五千円という、この破格の安さに気付いていなかった。
オレがこのからくりに気付くのは、一か月後のことだ……どうせおらぁバカだよっ!!
***
「……それにしても、綾乃はもっと食べた方がいいんじゃないのか?」
由羅がオレの飯を見て眉をひそめる。
「あ?オレは別にいいんだよっ。子どもの頃からそんなに腹減らねぇし。近所のガキ共に食わせるのが忙しかったから、これくらいの量でもう食べ慣れてるし……」
「なるほど、人に食べさせてばかりで自分が食べないから成長しなかったのか」
「あんだとおおっ!?どうせお前に比べたらオレはチビだよっ!!でも、お生憎様 、オレの方が若いんだからなっ!オレはまだ成長期なんだよ!お前なんかすぐに抜いてやっからなっ!」
由羅はたぶん身長180センチ以上あると思う。
それに対して、オレは166センチだ。(高校三年の身体計測でそれだったから、今はもっと伸びてるかもしれない!いや、伸びてるはず!!)
男子にしては若干小さめだけど、一般的な女の子よりは高い。
まぁ、ハイヒールを履かれたら……ちょっと負けるかもしれないけど……
だから別に俺はチビじゃない!!
「へぇ?成長期ねぇ……綾乃は今何歳だ?」
「んあ?二十二歳だけど?」
「二十二歳か、ならまだ伸びしろがあるな。でも、今の食欲だと私を抜くのは無理だと思うぞ?」
「ぅ……食うもん!いっぱい食って絶対抜いてやる!」
「そりゃあ楽しみだな。頑張れよ」
由羅がバカにしたようにニヤリと笑う。
「お前絶対無理だって思ってるだろぉおお!!」
「思ってない、思ってない」
「笑ってんだよ!顔がよぉおお!!」
「いやいや、綾乃ならきっと追い抜くと思うぞ?」
「こんのぉおおおおっ!!」
オレが握った拳をプルプルさせて、殴りたいのを我慢していると、
「しっ!綾乃、声が大きいぞ」
由羅が人さし指を立てて自分の口唇に当てた。
「あっ!!」
オレも慌てて口を押さえる。
一応小さめの声で喋っていたのだが、興奮しすぎて思わず声が大きくなっていた。
「ご、ごめん……」
「……どうして謝るんだ?別に綾乃は何も悪いことしていないだろう?」
「いや、その……大きい声出しちまったし……莉玖起きちまったかな……」
オレは莉玖の泣き声が聞こえないか上を見ながら耳を澄ました。
「あぁ、気にしなくていい。この家全体的に防音はしっかりしてるから、さっきの声くらいじゃご近所迷惑にはならないし、莉玖にも聞こえない」
「はぁ!?」
オレはあんぐりと口を開けて、由羅を見た。
由羅は、しれっとした顔でコーヒーを入れている。
なんだそれ……じゃあ、なんでオレ怒られたんだ!?
あ~もう……何だか、由羅といると調子が狂う……!!
そんでもって、やけに疲れる……
***
ともだちにシェアしよう!