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ひとつ屋根の下 第18話
――住み込みで働くことになって数日。この家で働くようになってから、一ヶ月半ほど経った。
由羅と莉玖に出会ってからのこの一ヶ月半は、あっという間に過ぎて行ったように思う。
でもまぁ、ちょっと特殊な事情があるとはいえ、今のところは外に出るのは買い物散歩の時くらいだし、特に危ない目には合っていないし、日中は莉玖と二人でのんびりと楽しく過ごしている。
***
「綾乃、交代するから、風呂入って来い」
「ん?いや、お前まだ飯……」
「もう食べたぞ?」
「え?あぁ、そうなのか。じゃあ……」
オレがこの一ヶ月半をぼ~っと振り返っている間に、由羅は風呂から上がって晩飯を済ませたらしい。
オレは由羅に莉玖を渡した。
「よぉし、莉玖寝るぞ」
「あ~ぅの~~!」
「綾乃はこれからお風呂に入るんだよ。莉玖はパパと寝るんだ」
「パッパッやぁあああ!あ~~のぉ~~!!」
「え~……」
風呂に向かうオレの耳に、由羅の情けない声が聞こえてきて、思わずクスッと笑ってしまった。
莉玖とオレは相性がいいようで、すっかりオレに懐いてくれている。
ここで働くようになって一週間ほど経ったあたりから、オレが帰ろうとするとぐずるようになっていたが、一緒に住むようになってからはそれが特に酷くなったようだ。
まぁ、日中ずっと一緒にいるからなぁ……
「やぁ~~!!」
「でも、もうねんねしないと……」
「あ~のぉ~!」
「綾乃はもうお仕事終わりだ!また明日会えるからね!」
「やぁああ~!!ねんねぇえええ!!」
「だから、眠たいんだろう!?寝ていいんだよ。ほら、もうねんねしよう――……」
オレは、一生懸命あやしながら寝室に連れて行く由羅の姿を想像して、苦笑しながら「パパ頑張れ~」と湯舟の中で呟いた。
***
風呂から上がったオレは、自分の部屋に入りかけて、やっぱり今夜も聞こえて来る莉玖の泣き声にため息を一つ吐いた。
一応、住み込みになってからも、由羅が帰宅したらオレの仕事は終わりで、その後は自由時間にしてくれる。
が、寝室が近いので嫌でも泣き声が聞こえて来るし、由羅も仕事で疲れているのは見ればわかるので何となく放っておけない。
「しゃーねぇなぁ……」
頭を軽く掻くと、由羅の部屋のドアをそっとノックして中を覗いた。
ドアを開けると、その小さな体のどこから出ているのかと思うほど大きな泣き声が聞こえてきた。
「なんだ?どうした?何か用か?」
「……代ろうか?」
「あ~ぅのぉ~!」
オレに気付いた莉玖が、オレに向かって手を伸ばして来た。
「いや、綾乃はもう部屋で、あ、こら、莉玖!……お前はゆっくりしてくれていい!こっちは、痛っ!……こっちは大丈夫だ……」
いや、もう何言ってんのかわかんねぇし、全然大丈夫じゃないだろ……
由羅は泣いて暴れる莉玖に顔をバシバシ叩かれながらも、頑なに約束を守ろうとする。
だからこれは、オレがしたくてしてるだけのサービス残業だ。
「これだけ泣き声が聞こえたらゆっくりできねぇよ。いいよ、寝かしつけるくらいは。お前も疲れてんだろ。もう寝ろ」
オレは由羅をしっしっと手で追い払うと、莉玖のベビーベッドに腰かけた。
「よぉし、オレが来てやったんだから、大人しくねんねするんだぞ?じゃないと明日おもちゃ作ってやんねぇぞ~?」
「あ~い!」
「いいお返事だな!よし、ねんねだ」
きゃーっと喜ぶ莉玖を布団に寝かせると、お腹を優しくトントンしながら子守歌を歌う。
オレが来たことで少し興奮していたが、昼寝の時にもよく歌ってやるので、莉玖はあっという間に眠ってくれた。
莉玖はわりと寝つきがいいのだ。
「いい子だな、おやすみ。良い夢見ろよ」
莉玖の額に軽くキスをしてベビーベッドからそっとおりる。
柵を上げて、ふと振り返ると、ベッドで横になっていた由羅と目があった。
「なんだ、まだ起きてたのか」
呟いたオレを、由羅が手招きした。
「なんだよ?」
「いつもすまないな」
「別に、これくらいどうってことねぇよ。莉玖は寝つきいいし」
「……莉玖は私よりも綾乃の方がお気に入りのようだ」
由羅が少し拗ねたように言うのがおかしくて、ちょっと笑ってしまった。
「そりゃそうだろ。日中ずっと一緒にいるのはオレなんだから。でもまぁ由羅は良いパパだと思うぞ?」
莉玖を起こさないように、横になっている由羅の耳元に近づいて囁くと、由羅が少し驚いた顔をした。
なんだよ、オレが褒めたのがそんなに意外か?
何を思ったのか由羅が少し移動してベッドの端を空けると、オレにもベッドに寝転べと指示してきた。
「いや、オレはもう部屋戻るし」
何が悲しくて雇い主の、しかも男のベッドに潜り込まなきゃならんのだ。
どうせなら、美人でセクシーな女の人に誘われたい!
「ちょっと話がしたいだけだ」
真顔で由羅がもう一度手招きをする。
あ~ホントこいつ何考えてんのか読めねぇ……
う~ん、まぁ、声を潜めるなら横に並んでた方が話しやすいってことかな。
由羅のことだから、きっと深い意味はないだろうし。
オレはさっさと話を終わらせるために、ごろんと勢いよく由羅の横に寝転んだ。
そして、そのまましばらく思考が停止した。
「――……はっ!えっと、それで、話って?」
やっっっべぇ~~!!何このベッド……めちゃくちゃ気持ち良いんですけどぉぉぉお~~~~……!?
ベッドの心地良さにそのまま眠りに落ちそうだったオレは、慌てて気を引き締めて由羅を見た。
***
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