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はじめてのお留守番 第26話
「莉玖、もうねんねするか~?パパはまだ帰って来ねぇし……じゃなくて、電話!電話も何もねぇしな!」
『へぇ~?兄からの電話待ちしてたんだ?』
慌てて言い直したオレを莉奈がニヤニヤしながらひやかしてきた。
「もしかしたら電話かけてくるかもな~って思ってたけど、考えてみたら海外だから時差があんだよな……まぁ、あいつも忙しいんだろうし」
莉奈への言い訳をひとり言のようにブツブツ言いながら由羅の部屋に入った。
***
よし、寝たかな……って、あれ?
オレは莉玖をベッドに寝かしつけてから、ふと気づいた。
「あ、やべ……いつものクセで莉玖ここに寝かせたけど、由羅いねぇじゃん……」
『それがどうかしたの?』
「一応ベビーアラームとモニターはあるけど、やっぱこの部屋に一人で置いておくのはダメだよな……」
オレは部屋の中を見回した。
二階は、由羅の部屋と、ホールを挟んで向かい側にゲストルーム がある。
近いとは言え、やっぱり、莉玖を一人で置いておくのは心配だ……
『え、あなたもここで寝るんじゃないの?』
「いやいや、由羅がいねぇのに勝手にここで寝るのは……あ、床 で寝ればいいのか」
『何言ってるのよ!風邪引いちゃうでしょ!?そこにバカでかいベッドがあるんだから使いなさい!』
莉奈に怒鳴られて一瞬頭の中がぐわんぐわんと響く。
莉奈の声は脳に直接響くような感じで聞こえて来るので、大声を出されるとキツイ。
「由羅に許可取ってからじゃねぇとベッドは使えねぇよ」
前に一回やらかしてるしな。
あの時も別に怒ってはなかったけど……でも、仮にも由羅は雇い主だから、勝手にベッドで寝るのはダメだろ。
オレは自分の部屋から毛布を取ってきて由羅の部屋の床に寝転んだ。
床暖房が入ってるし、ラグがふかふかだし、意外と寝心地は悪くねぇな。
『もぅ!頑固なんだから!』
寝転ぶオレの横で莉奈が腰に手を当てて頬を膨らませていたが、オレは気付かないフリをした。
***
――連絡帳を書きながらうとうとしていると固定電話が鳴った。
莉玖が目を覚まさないように急いで出る。
「はい、綾 ……じゃなくて、由羅です!」
あっぶねぇ……自分の名前言うところだった!
由羅の家の固定電話が鳴ることってあんまりないしな……
普段、由羅とのやりとりは携帯でしているし、由羅も仕事の電話はほとんど携帯にかかってくるとかで、固定電話はほぼ飾りだ。
「あぁ、私だ」
受話器から聞きなれた声がした。
「由羅!?」
「そうだ」
「あ~、えっと……ぶ、無事に着いたんだな。良かった」
なぜか変に緊張してしまう。
「なんだ、心配してくれてたのか?」
「そ、そりゃまぁ……お前に何かあれば莉玖が困るし……オレも仕事がなくなるし……?」
「そうか。フライトは順調だったよ」
あれ?ちょっと待って、オレ大事なことを聞いてなかった気がするぞ!?
オレ何やってんだよ!雇い主が現在どこにいるかくらい把握しておかなきゃダメじゃねぇかよっ!!
「あ~……えっと……なぁ、由羅?ところでお前は今、どこにいるんだっけ?」
「ロサンゼルスだ」
意外にも由羅はサラッと答えてくれた。
「って、アメリカ?」
「そうだ」
聞いたことはあるけど、ロサンゼルスがアメリカのどこら辺かはわからない。
あ、そうそう……
「あのさ、え~と、時差ってどれくらいあんの?」
「今は冬時間だから……17時間くらいこっちが遅いかな」
「17時間?えっと……今がこっちが夜の11時だから……」
時計を見ながら指折り数えていると
「そっちが11時なら、それから5時間引いて昼と夜を逆転させればいいんだ」
由羅に言われて引き算をしてみる。
「えっと、そっちが朝の6時くらいか?」
「そういうことだな」
あれ?これわざわざ計算しなくても、由羅に直接今何時か聞けば良かっただけなんじゃねぇの?
まぁいいか。それより、朝の6時っつーことは向こうはこれから仕事か!!
「変わりはないか?」
「え?あ、うん。いつも通りだ。莉玖も良い子だったぞ。えっと、明日から天気が悪くなるみたいだから、今日は買い物を余分にしてきた。後は……」
時間がないと思って、早口で今日の報告をしていく。
「綾乃、そんなに慌てなくていい。まだ時間はあるからゆっくり話していいぞ?」
由羅がくすっと笑った。
「ふぁ!?あ、えっと、そうなのか?」
耳元で笑われると何か耳がムズムズする。
ビックリして変な声が出たのを隠すために、わざとらしい咳をした。
「んん゛、いや、でも国際電話って金かかるじゃんか!」
「あ~まぁ、国内よりはな」
「あ、そうだ。え~と、オンラインでビデオ通話とかチャットとかできるアプリがあるだろ!?あれにすればいいんじゃね!?」
「綾乃パソコン持ってるのか?」
「一応持ってるっつーの!」
ちょっと古い型のノートパソコンだが、仕事でも保育案やおたよりを作るのにパソコンが必要だったので、就職した時に買ったのだ。
「そうか。じゃあ、明日からはそれでやり取りするか。だいたいこの時間に連絡するから、パソコン起動しておくようにな」
「携帯でもいいけど?」
「パソコンの方が画面がデカいだろ?」
「まぁな、もうちょっと早い時間だったら莉玖も起きてるぞ」
「だな、明日はもうちょっと早い時間に連絡する。それじゃあ、また明日――」
「あ、由羅、待て!」
由羅が受話器を置こうとしたので、急いで引き止めた。
「何だ?」
「あの、さ?お前がいない間、莉玖をいつものベビーベッドで寝かせたら莉玖が部屋に一人になっちゃうだろ?だから……」
「あぁ、そんなことか。私のベッドで寝ていいぞ?」
「え!?いやいや、別に床の上でいいんだけど、ただその、オレもこの部屋で寝ていいかって話で……」
「床?何を言ってるんだ、ちゃんとベッドで寝ろ。綾乃が風邪ひいたら莉玖にもうつるだろう!?」
「オレ風邪なんてほとんどひいたことねぇから大丈夫だって」
「ダメだ。私がいない間は私のベッドで寝るように!わかったな?」
「ぅ……はい」
「よし。それじゃ明日もよろしく頼む」
「あいよ。お前も頑張れよ――」
受話器を置いて、ちょっとため息を吐いた。
『ほら、ベッド使っていいって言ったでしょ?』
「うん……いや、でも何か……考えてみたらオレの部屋に莉玖のお昼寝用の布団を持ってきて一緒に寝ればいいだけの話なんじゃねぇの?」
『え?ダメダメ!あれはあくまでお昼寝用でしょ!?夜は寒いんだから、ちゃんとベッドで寝かさなきゃダメよ!』
莉奈が母親らしい顔で怒った。
「そうか、そうだな。よし、オレもベッドで寝よ」
莉玖が蹴とばした布団をかけ直して、体調の変化がないかチェックをしてから由羅のベッドに潜り込んだ。
あいつの匂いがする……
って、何ほんわかしてんだオレっ!?キモっ!!
『何バタバタしてるのよ。莉玖が起きちゃうでしょ!?』
「ごめんなさい……」
ベッドの上で自分のキモさに悶えていると莉奈に叱られた。
***
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