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はじめてのお留守番 第36話
「っ……」
「あ~の~ !だっ !」
「あ、こらこら莉玖、しぃ~!私とあっちで遊びましょうね!」
「!?」
オレは莉玖の声と杏里の声で、我に返った。
ちょっと待て、オレ今……由羅に抱きしめ……
え?
「うわああっ!?」
思わず由羅を突き飛ばした。
「急になんだ?」
「なんだ?じゃねぇよっ!お前こそ何だよっ!?何っ!?え、お前ホント何してんのっ!?」
「お前が泣いていたから抱きしめていただけだが?」
平然と言い返して来る由羅に、余計にパニックになる。
抱きしめていただけ!?だけってなんだよ!?
「おおおおかしいだろっ!?お前は雇い主で、オレはお前に雇われてて……」
「その雇い主を思いきり突き飛ばしたのは誰だ?」
「うるせぇっ!そもそもオレは男だっ!!」
「それくらい知っている」
「じゃあなんで……」
「綾乃、ちょっと落ち着け」
「これが落ち着けるかぁああああ!!」
「とりあえず、鼻水を拭け」
由羅が何事もなかったかのようにティッシュを渡して来た。
「あ……ども……」
鼻をかんでいるうちに、何だかこれくらいで怒っている自分がバカみたいに思えてきた。
というか、あいつの行動が謎なのは今に始まったことじゃねぇし、オレをペット扱いしてくるのもいつものことだし……あ、そうか。つまりこれもいつものペット扱い?
久々に会ったペットをヨシヨシしてるっていう……
いや、だからって杏里さんの前ですんなよっ!!
あ~でもこいつにそんな常識とか言っても仕方ねぇしな……
オレはティッシュをゴミ箱に叩きつけるように捨てながらため息を吐いた。
よし、なかったことにしよう。
由羅のしたことは完全にスルーすることにして、リビングから出て行こうとしていた杏里を追いかけた。
「そういえばオレ昼飯作ってる途中だった!ごめんな莉玖、待たせちまって。急いで作るからな!」
「え?あら、綾乃ちゃん。そんなことは気にしなくてもいいのよ。あとは私が作っておくから。……それか、もうこんな時間だし、お昼ご飯はデリバリーでも頼みましょうか……」
「いや、もう材料は切ってあるから後は炒めるだけだし、大丈夫。すぐに出来るよ。じゃあ作って来る!」
「綾乃!?」
由羅が引き止める声が聞こえたが無視して台所に戻る。
時短のために電子レンジで温めておいた野菜を取り出して、フライパンで炒めていると、台所の扉が開いた。
「いい匂いだな」
「勝手に入ってくんなっ!」
入って来ようとしていた由羅が、ピタっと足を止めた。
「綾乃、さっきはその……すまなかった」
「何が?」
「急にお前を抱きしめ……っ!?」
タンッと小気味よい音がして、オレが投げた果物ナイフが由羅の顔のすぐ隣の柱に刺さった。
さすが、切れ味のいいナイフは刺さりっぷりもいいな。
「ちょっとその口閉じろ」
「綾乃、刃物の扱いには気を付けろ。しっかり握って使わないと、もう少しで私に当たるところだったぞ?」
由羅は全く驚いた様子もなく、涼しい顔で柱からナイフを抜いた。
「今のはわざと投げたんだよっ!!」
「わざと?なぜそんなことを……」
「お前がうるせぇからだよっ!もう黙れっ!気が散る!!」
「……わかった。邪魔をして悪かったな。だが、昼食の後で時間をくれ。話がある。」
「オレはねぇよ!」
「綾乃、仕事の話だ」
「……わ、わかった……」
声の調子から由羅がちょっとイラついているのがわかって、何となく言葉に詰まった。
べ、別に由羅なんて怖くねぇし……つーか、怒ってるのはオレの方だしっ!!
あんな顔して脅しても、こ、怖くねぇし!!
オレの態度が気に入らねぇっつーなら……クビにでも何でもすりゃあいい!
***
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