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はじめてのお留守番 第43話
「じゃあオレ、部屋帰る」
話が終わったので立ち上がろうとすると、由羅に腕を掴まれた。
「待て、私がいなかった間の莉玖のことが聞きたい」
「あ?それなら、毎日報告してただろ?あ、ちゃんと連絡帳にも書いてあるぞ」
「お前の口から聞きたい」
「はぁ~?……ったく仕方ねぇなぁ……」
由羅はいくら連絡帳に書いていても、直接聞きたいと言う。
まぁ、ノートには書ききれてないこととか、その時の詳しい様子とかは口頭の方が伝えやすいけどさ……
「え~と……」
「綾乃、そっち」
オレがその場に座りなおそうとすると、由羅がベッドを指差した。
「え?いや、別にここで……あ~……お前が疲れてるか。明日も仕事だしな」
「そうだな」
っつーか、疲れてるなら話は明日にして寝ればいいんじゃねぇの?
とは思ったが、由羅に呼ばれたのでとりあえずベッドに寝転んだ。
まぁ、話してる途中で由羅が寝るかもだしな。
***
「え~と、どこから?」
「最初から」
「え~?最初って……ん~……お前が出張に行った日は~……えっと――」
由羅が出張に行ってからのことを思い出しながら、話していく。
莉玖が熱を出したのはたった一日だったのに、何だか出張に行っている間ずっと熱を出していたような気になってしまう。
「――それで、あ、そうそう、ちょっとだけオレが手を離した時に自分で足を前に出そうとして……」
「へぇ?そういえば、子どもはどれくらいで歩けるようになるんだ?本には一歳頃って書いてあったが……」
「ん~個人差があるかな。早い子だったらお誕生前に歩き始めるぞ」
「じゃあ、莉玖は遅いのか?」
「遅くはないけど、一歳過ぎてるから、そろそろ歩いてもいいかな。でも、ハイハイは全身運動だから、ハイハイをいっぱいする方がいいって話も聞くし、そんなに焦ることはない」
莉玖はつかまり立ちはしているが、まだ移動は基本的にハイハイだ。
しかもやたらと早い。
ハイハイ競争に出れば、確実に一位が獲れると思う。
「そうなのか。私は莉玖が来るまで、子どもは食事さえ与えていればそのうちに大きくなるくらいの感覚だった」
「お前……それはさすがにダメだろ」
「いや、以前の話だからな!?莉玖を引き取ってからは、姉にもいろいろ教えて貰ったし、お前に言われたから育児書もいろいろ読んで勉強はしたぞ?でも、育児書通りにはなかなかいかないものだな……」
ちょっと引き気味のオレを見て、由羅が若干焦ったように言い訳をした。
「う~ん……成長は個人差が大きいし、血の繋がりがある兄弟だって発育、発達の仕方も性格も全然違う。ほら、杏里さんのところの歌音 と詩音 だって、一卵性の双子だから見た目はほとんど一緒だけど、性格は全然違うだろ?」
「いや、正直、私にはどっちがどっちなのかわからない。どうして綾乃はあの二人を見分けられるんだ?」
「はぁ?だって、そんなのちゃんと見てればわかるだろ?」
たしかに、一卵性の双子ちゃんは見分けるのが難しい。
でも、ちゃんと見ていれば、それぞれに特徴がある。
まぁ、由羅は今まであいつらの相手なんてしたことなかったって言ってたし、一回や二回遊んだだけじゃわからねぇか……
「うん、だから由羅もそのうちに見分けつくようになるって!」
「そうか……莉玖はいつ歩くようになる?」
「どのタイミングで歩くようになるかはわかんねぇよ。でも、つかまり立ちはしてるし、手を持ってやったら足を出してるから、近いうちに歩けるようになると思うぞ?一応オレも遊びながら時々手離して歩くの促してるし」
「歩くタイミングを見てみたい気もするな」
由羅がそんなことを言うとは思わなかったので、少し驚いた。
だって、つい最近まで「子どもは食事さえ与えていればそのうちに大きくなる」なんて思ってたようなやつだし?
由羅は頭がいいし真面目だから、たぶん本当に育児書もたくさん読み漁ったんだと思う。
それに、なんだかんだで莉玖に情が湧いて来てるんだよな。
本人は気づいてないんだろうけど。
「一緒にいる時に見れたらいいな!」
「あぁ、そうだな」
「もし由羅のいない時に歩けたら、動画撮っておいてやるよ」
「楽しみにしてる」
由羅がフッと笑った。
莉玖に対して表情が柔らかくなってきたのはいいことだけど、オレに対してもなんだか最近は表情が柔らかいっつーかよく笑うっつーか……
別にいいんだけど、それを見たら何かちょっとドキドキしてる自分が気持ち悪い……
「あ~……えっと、後は~……」
由羅から目を逸らして、他の話を考えているフリをしながら枕に顔を埋めた。
「……」
「綾乃?眠たいのか?」
「ん~……?いや、大丈夫!えっと、どこまで話したっけ?」
ヤバい、こいつのベッドに顔埋めたら寝ちまうっ!!
慌てて顔を上げると由羅の手に緩く頭を押さえられてやんわりと枕に戻された。
「なに?」
「今日はもういいから寝ろ。また続きは明日聞く」
「……わかった、んじゃまた明日……って、由羅?」
「なんだ?」
「なんだ?じゃねぇよ!起き上がれねぇだろ。何だよこの手」
「綾乃の頭を撫でてる」
「撫でてると言うより押さえつけてるよな?」
「綾乃が起き上がろうとするからだろう?」
「起き上がらねぇと部屋に帰れねぇだろ」
「……ここで寝ていいと言っただろ?」
「それはお前がいない時の話だろ?」
確かに、ここで寝ていいと言われたので由羅がいない間はこのベッドで寝ていたけれど……
「そうか?私は別に普段からここで寝てもいいと言ったはずだが?」
「だから、お前は雇い主なんだって……ば……」
こいつの手って何か特別な力でもあんのか?
由羅に撫でられると急激に眠気が……
ダメだと思いつつ、ふわふわした心地よさの中に意識が落ちていく。
「おやすみ、綾乃」
遠くの方で由羅の声を聞きながら、またそのまま寝落ちしてしまった。
***
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