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それは〇〇 第44話
「綾乃 ちゃん、うちの弟と何かあったの!?」
杏里 が大慌てで飛び込んできたのは、あれから2日後のことだった。
莉玖 と一緒にクリスマスソングを歌っていたオレは、杏里の形相に驚いて思わず莉玖を抱きしめていた。
「え!?な、何がっすか!?」
「だって、響一 が急に『新しいベビーシッターを探す。心当たりがあれば知らせてくれ』って言ってきたのよ!綾乃ちゃんがいるのに新しいベビーシッターってどういうことなの!?……あら、莉玖ご機嫌ね~!こんにちは~、杏里おばさんですよ~!……で、何があったの!?」
「あぁ、え~と実は……」
莉玖に話しかけながらオレを問い詰める、という芸当を器用にやってのける杏里に圧倒されつつ経緯を話すと、杏里は人さし指を顎にチョンっと当てて、小首を傾げた。
「ねぇ、綾乃ちゃん?それなら響一が出張の時はいつもうちに来なさいよ。そうすれば、何かあってもすぐに対処してあげられるでしょ?一人でどうにかしなきゃって思うから苦しくなるのよ。知識はあっても、一日中ずっと他人の子を預かるのは確かにすごく大変よね。経験値の少ない綾乃ちゃんにとってはプレッシャーだっていうのはわかるわ。でも、何にでも初めてはあるんだし、莉玖のベビーシッターを続ける方が綾乃ちゃんにとってもプラスになると思うわよ?」
杏里は、由羅とオレがグダグダと言い合っていた話に、あっさりと解決策を出して来た。
でも……
「それなら、あいつが出張の時は杏里さんに莉玖を預けるようにすれば……」
「何言ってるの。私一人でうちの子と莉玖の5人なんて面倒見切れないわよ。そりゃうちにはお手伝いさんがいるけど、お手伝いさんだって他の仕事があるからずっと子どもの面倒を見ているわけにはいかないわ。だから、綾乃ちゃんが一緒に来てくれて、子どもたちを見てくれてたらとっても助かるのよ。あ、もちろん、うちの子の分はちゃんとお給料足すわよ!?」
「いや、それは全然いいんだけど……」
オレは別に給料の心配をしてるわけじゃねぇし、杏里さんの子どもも一緒にみるのは別にいいんだけど……
「良くない!綾乃ちゃん?お友達の子をちょっと預かるのとは違うのよ。綾乃ちゃんはプロなんだから、自信を持ちなさい!」
「う……でも自信って言われても……オレじゃ全然ダメだし……」
「自分が未熟だとわかっているなら、これから学んでいけばいいのよ。何もわかってないのにわかっているフリをして子どもの命を危険にさらすような人よりもよほど安心して預けられるわ」
「杏里さん……」
杏里の弾丸トークに押されて、反論する言葉が出てこない。
なんだかんだで、杏里はオレのことを気に入ってくれているし、保育の腕も認めてくれている……らしい。
それは素直に嬉しいんだけど……
「ま、まぁ……オレだけじゃなくて、もう一人くらいベテランを雇ってくれた方が助かるっていうだけで、オレが辞めるわけじゃないから……」
「あら、そうなの?ん~でもね?多分、もう一人っていうのは難しいわよ?」
「やっぱり、莉玖のことがあるから?」
「それもあるけど、綾乃ちゃんが言ってるようなベテランだと、子どもがいるってことでしょ?子持ちの主婦が夜間ベビーシッターに出られると思う?自分の子どもどうするのってなるじゃない?」
「あ゛……」
本当だ……自分の子どもがいて子育て経験のあるベテランさんの方がいいって思ったけど、確かに自分の子がいたら夜間仕事に出るのは……大変だよな。
なにより、夜母親が一緒にいてくれないのがどれだけ淋しいか、オレが一番よく知ってるはずなのに……
「そうですよね……」
「雇えたとしても昼間だけよね」
「はい……」
「そんなに落ち込まないで。響一だって、綾乃ちゃんに甘え過ぎてたって反省してたし、綾乃ちゃんの負担を減らすためにいろいろ考えてみるって言ってたのよ?だから、休みたい時は言ってくれたら私がみるし、出張の時はうちに来ればいいし、綾乃ちゃんは響一にもっといろいろと要望を言えばいいのよ」
由羅が反省?
反省している姿は想像つかないけれど、由羅なりにいろいろと考えてくれているのはちょっと嬉しい。
杏里の弾丸トークに終始圧倒されて、なんだかわけがわからないまま話が進んだ気がするけれど……こんなオレを必要としてくれて、ちゃんと認めてくれてる人達がいるんだよな。
うん、もうちょっと頑張ってみるかっ!
「わかった、オレ頑張ってみる。莉玖の熱の件で、他人の子を預かるっていうことの重大さがようやくわかった気がしてさ。ちょっと自信無くして逃げたくなってたんだと思う……情けねぇよな……」
「そんなことないわよ。それに、響一を変えられるのは綾乃ちゃんだけなんだから、頼んだわよ?」
杏里がポン!とオレの肩に手を置いた。
「ん?あいつを変える?」
「綾乃ちゃんの言うことなら、響一は素直に聞くのよ。莉玖の育児だって、綾乃ちゃんに言われたからって、急に育児書読み始めたり、育児について聞いて来たり……」
それは別にオレの言う事を聞いたというのとは違う気がするけど……だって莉玖の父親になる上で必要不可欠なことだろ?
「まぁ、父親になろうと頑張ってるのはいいと思うけど……」
「そうね!愛よね!」
「あ……い?あはは……」
杏里が何を期待しているのかよくわからなかったオレは、にっこりと笑う杏里に、曖昧な笑みを返して、話を変えた。
「あ、そういや、杏里さん。ちょっと聞きたいことが――……」
***
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