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褒められたい 第45話
「ただいま」
寝室のドアを静かに開けて由羅が顔を見せた。
オレが人さし指を口唇に当てて、外に追い払う仕草をすると、由羅はそのままドアを閉じた。
数分後、莉玖を寝かしつけてリビングに行くと、由羅はオレが用意してあった晩飯を食べていた。
「お帰り」
「ん、ただいま。莉玖は寝たのか?」
「寝たよ。あ、お汁自分で注いだのか?」
「あぁ、あったからな。ダメだったか?」
「ダメなわけないだろ。自分でちゃんと用意できてえらいなと思っただけだよ」
ちょっとからかい気味に由羅の頭を撫でる。
いつもオレをペット扱いするから、仕返しのつもりだった。
「……私だってさすがにそれくらいはできる」
「そうかそうか」
「でも、もっと褒めていいぞ?」
「んん?」
「綾乃に褒められるのは悪くない」
「なんだそれ。劣等生のオレと違ってお前は褒められまくりの人生だろうに」
嫌味かよ!と、思わず由羅の頭をペシッと叩いた。
「そうでもないぞ?私は、“できて当たり前” なんだ。少し成績が落ちただけで叱責されることはあっても、1番をとったからと言って褒めてくれる人なんていなかった。だから、たまにいい成績を取って褒められている同級生を少し羨ましく思っ――」
「あ~わかったわかった、聞いたオレが悪かった。お前は凄い!お前はえらい!よしよし、頑張ったな!」
そうだった。こいつは愛情という愛情をすっ飛ばして生きてきたやつだ。
褒められたことも……ないのか。
由羅に昔のことを思い出させてしまったことに少し罪悪感を抱いたオレは、思いっきり褒めて頭をワシワシと撫でてやった。
「なんだそのやけくそな褒め方は」
「文句があるならもうやらねぇぞ?」
「文句はないが……髪がボサボサだ」
「どうせこれから風呂入るんだしいいだろ?」
「……それもそうか」
納得すると、由羅がまたオレに向かって頭を出して来た。
まだ撫でろってか?
まぁいいけど……
***
「――綾乃、ベビーシッターをもう一人雇うという話なんだがな……」
「ん?」
寝室でのいつもの報告が終わると、由羅が徐に切り出した。
「一応探してはいるんだが……綾乃は私が出張に出ている間一人でみるのが不安なんだよな?」
「ん……まぁ、そういうことだな」
「2~3日ならどうだ?」
「え?」
「実はな、長期の出張をしていたのは、今の会社を立て直すためだったんだ。今日確認してみたが、もうだいぶ立て直しは済んだから、これからは以前のように長期出張をする必要はないと思う。私が行かなくても大丈夫なように下の人間も優秀なのが育ってきているし……だから、もし行くとしても、2~3日くらいなんだ。それでも無理か?」
由羅が珍しくオレの顔色を窺ってきた。
「あの……っていうか、昼間、杏里さんが来て、お前が出張の間は杏里さんの家で莉玖と一緒にお世話になるって話も出てさ」
「なんだ、私もそうしたらどうかと言おうと思っていたんだが……」
「うん、だから……2~3日くらいなら頑張ってみる!」
「そうか。良かった……無理を言ってすまない」
「いいよ。杏里さんにも言ったけど、オレがちょっとビビってただけだし……」
「莉玖が小さいうちは私もなるべく家にいられるように努力する。出張もどうしても直接行く必要があるものだけにする。綾乃の負担を軽くするように努力するから……」
「ぷっ……はははっ!」
何だかやけに必死な由羅がおかしくて、オレは思わず吹き出した。
「綾乃?」
「あ~わかったって。いいよもう、そこまでしなくても。お前がちゃんと考えてくれてるならそれでいい。でも、出張はなるべく早めに教えてくれ。杏里さんのところに行くにしても準備とかあるし……」
「そうだな、わかった」
杏里さんが、由羅も反省していろいろ考えてるって言ってたけど……想像以上に考えてくれてたみたいでちょっと嬉しい。
いや、オレのことをっていうわけじゃなくて、その、莉玖のことをって意味で……っ!
***
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