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クリスマス 第53話
「莉玖、そろそろお昼寝するぞ~」
お昼寝布団を敷いて、莉玖のオムツを変えようとしていたオレは、玄関の鍵が開く音に思わず莉玖を抱き寄せた。
なんだ!?今の音……鍵開けた音だよな!?
この家の鍵持ってるのって、オレ以外だと、由羅か杏里さんしか……でも、杏里さんはチャイム鳴らすし……こんな時間に由羅は帰って来るわけないし……
え、泥棒!?それとも、例の奴ら……?
どどどどうしよう!?電話!!警察!!いや、それよりも――……
***
「ただ……いっ!?」
「てぃやああああああああっっっ!!」
オレはリビングの扉が開いたところを狙って木刀を思いっきり振り下ろした。
リビングに入ろうとしていた男は、上体を後ろに反らしてそれを間一髪で避けた。
「……」
「……」
リビングに何とも言えない沈黙が流れる中……オレの身体からは冷や汗が大量に流れだしていた。
「……ぁ……れぇ~……?」
「……なぁ、綾乃……私はどこからツッコめばいい?」
「ゅ……由羅……さん?え、何で?」
「今日は早く帰るって言っただろう!?とりあえず……莉玖、オムツ履くぞ。尻 が丸出しじゃないか」
由羅は鞄をソファーに投げると、オレが抱っこしていた下半身丸出しの莉玖を抱き取った。
「あ、えっと、あの……今オムツ替えてるところだったから……」
「そうみたいだな。ほら莉玖、履けたぞ。もうお昼寝の時間だったのか。おいで、お昼寝しよう」
由羅は莉玖にオムツとズボンを履かせると、お昼寝布団に莉玖を寝かせた。
「あの、由羅……?これはその……」
ヤバい!!これはヤバい!!
よりにもよって、雇い主を不審者と間違えるとは……っ!
由羅が避けてくれたから良かったものの、下手すれば大けがさせてた……!!
「綾乃……まず、その木刀を置け!」
由羅がため息交じりにちょっと苛立った声を出した。
「ひぇっ!ご、ごめっ……あの、えっとオレ、由羅だと思わなくて、てっきり不審者……」
混乱して固まっていたオレは、由羅の声に驚いて持っていた木刀を床に落とした。
何とか誤解されないように説明しようとしたが、不審者に間違ったって言うのもどうかと思い、途中で言葉を切った。
どどどどうしよう、由羅怒ってる!!
いや、そりゃ怒るだろ~~!!
「まったく……まさか不審者と間違われるとは思わなかったぞ」
「ぅ……スミマセン」
ぐぅの音も出ない……
でも……お前今日は夕方に帰るって……
「……予定よりも早く終われたと先に電話すれば良かったな」
「……へ?」
「それにしても綾乃……ふっ、ははは……おまえ、いつの間にそんなもの用意してたんだ?」
由羅は、気まずくて俯いていたオレとオレの足元に転がっている木刀を交互に見て吹き出した。
「え?あの、これは昔うちにあったやつを護身用に持って来てて……」
オレの実父が学生時代に剣道をやっていたとかで、昔から家には木刀や竹刀が数本転がっていた。
たぶん、母親が再婚した時に残りの物は処分したとは思うが、オレは一人暮らしをする時に、護身用にと少し短めの木刀を一本持って家を出ていたのだ。
まぁ……オレにとってはある意味これが親父の形見みたいなもんだし……
「護身用か……まぁ確かに、莉玖のこともあるしな。……だが、さっきの勢いだと下手をすれば正当防衛を通り越して過剰防衛になるぞ?」
「ぅ……そうは言うけど、家に侵入してきた時点でどう考えても悪人だし!」
「そうだな。私は家主なんだがな」
「だからっ!!由羅だとわかってたらしてねぇよっ!!」
「わかったわかった。私が悪かった。それより、莉玖を寝かさなくてもいいのか?」
「あ!……ごめんな莉玖。ねんねしようか」
オレは由羅と場所を交替すると、莉玖を寝かしつけにかかった。
「私はシャワーを浴びて来る」
「え?あ、うん、はい」
由羅はソファーに放り出していた鞄を拾うと、リビングから出て行った。
***
『莉玖ねんねしたわね~』
「そうだな……って、莉奈!?」
『何よ?そんなにびっくりしなくてもいいじゃない』
オレは莉玖を起こさないように小声で莉奈に話しかけた。
「なぁ……おまえ、さっき入って来たのが由羅だって気づいてた?」
そうだよ……莉奈の存在を忘れていた……
あれがもし本当に不審者だったら、莉奈がいち早く気付いて知らせにきたはずだ……
『ん?もちろん気付いてたわよ?』
ですよね~?で、
「オレがめっちゃ警戒してるのも見てたよな?」
『見てたわよ?』
「なんで由羅だって教えてくれなかったんだ!?そうすりゃあんなこと……」
『そんなの……面白そうだったからに決まってるじゃない!』
莉奈が腰に手をあて、ふんぞり返って言い放った。
「おまえぇええ~~~~っ……!!」
面白そうだったから、じゃねぇよっ!!
もうちょっとで由羅の頭かち割るところだったじゃねぇかっ!!
『だぁいじょうぶよ~!兄には守護霊が憑いてるんだし、ちゃんと扉を開ける直前に警戒するように念も送ったから。だから避けれたでしょ?』
「……なに、お前……念とか送れんの?」
『ええ、兄自身は鈍感だけど、強い守護霊が憑いてるせいか、強く念じれば何となく届くみたい。ほら、よく“虫の知らせ”とか言うでしょ?たぶん、あんな感じで伝わってるんだと思うわ……よくわからないけどね』
莉奈が人さし指を顎に当て、小首を傾げながら斜め上を見た。
虫の知らせ……そんなんであんなに素早く反応出来るもんなのかねぇ?
ともかく……はっきりと言葉は届かなくても、何となくの念なら届くってことか……
いや、今はそこじゃない!!
「あの……莉奈さん?頼むから今日みたいなのはちゃんと教えてくれませんかね……?オレ今日のはマジでビビったんだぞ!?」
『ごめんなさ~い。わかったわ、今度からちゃんと知らせる』
まぁ、莉奈が何も言ってないことに気付かなかったオレもオレだけどな……
「お願いします……」
ホント……お願いしますよ莉奈さん……!!
***
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