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クリスマス 第59話
足音を立てないようにスリッパを脱いで廊下を歩く。
自分の部屋に入る前に立ち止まって耳を澄ました。
うん、莉玖はよく眠ってるみたいだな。
莉玖の泣き声がしていないのを確認して、少しホッとしながら自分の部屋に入った。
「……っ!?」
音がしないようにそっと扉を閉めて振り返ったオレは、ベッドの上で寝転んでいる由羅を見てしばし固まった。
なんで……お前がここで寝てるんだよ!?莉玖は!?
思わず、見なかったことにしてそのまままた後ろ手に扉を開けて部屋から出ようとしたが、扉を開ける前に由羅の目が開いた。
あ、起きてたんですか……?
「どこに行くつもりだ」
「えっ……と……あの、莉玖の様子を見に……」
オレのベッドを占領して不機嫌オーラを隠しもせずに待ち受けていた由羅がゆっくりと起き上がった。
横にノートパソコンがあるところを見ると、先ほどまで仕事でもしていたらしい。
「莉玖なら大丈夫だ。ベビーアラームもつけてるし、モニターでもチェックしてる」
「あ……そう……」
やばいやばいやばい……っ!!
何!?何か知らねぇけど、めっちゃ怒ってるし!!
莉奈が言ってたのってコレのことかよっ!!
先に教えてくれればいいじゃねぇか!!そしたらオレ今夜はリビングで寝たのにぃいいいい!!
「あの~……何か用?……ですか?」
「何か用?じゃないだろう!?何時だと思ってるんだ?今まで一体何してた!?」
由羅が年頃の娘に説教をする父親のようなことを言い出した。
はぁ!?おまえはオレの親父かよ!?と言いたかったが、余計に怒られそうなのでグッと堪える。
「えっと、あのソファーが濡れちゃったから拭いてただけ……」
「濡れたのを拭くだけでこんなに時間がかかるか!?」
「あ~……拭くついでに掃除もしておこうかな~みたいな……?」
「掃除って……なにもこんな夜中にしなくてもいいだろう!?」
由羅が呆れたように大きなため息を吐いた。
「そうだけど、だからついでっていうか……オレも別にこんなガッツリ掃除するつもりはなかったんだけど……」
言い訳をしながら、ふと気がついた。
え、待って!?なんで掃除して怒られてんの?
「別にオレ家政夫なんだし、掃除もオレの仕事なんだし、自分の仕事をしただけじゃねぇか。何で怒られなきゃいけねぇんだ?」
「……怒ってるわけじゃない!!」
「いや、怒ってるだろ!?さっきから怒鳴ってばっかりだし!何だよもう!!……そりゃ風呂で寝てたのは悪かったし、重いのにソファーまで運ばせちまったのも悪かったと……」
あ、そういやオレ、由羅に謝りはしたけど、まだお礼は言ってなかったか?
だから怒ってんのか!!
「……ごめん、助けて貰ったのにお礼言ってなかった。それに……イルミネーションも……オレも一緒に連れて行ってくれてアリガトウゴザイマシタ」
「だから、別に怒ってないと言ってるだろっ!?それにお礼を言って欲しいわけでもない!」
「じゃあ何だよ!?」
「知るかっ!!それがわかれば苦労はしない!」
「……はあ?」
……どういうこと!?
「な、なぁ、由羅?お前どうしたんだ?お前にしてはなんか言ってることがめちゃくちゃになってねぇか?」
「……だからそれは……っ」
「ん?」
何かを言いかけた由羅が、言葉を詰まらせて視線を泳がせた。
うわ~由羅が言葉に詰まるとか珍しい~。
とか言ってる場合じゃねぇよ!
え、マジで何なの?どこか具合でも悪いのか?
「あの……由羅?大丈夫か?」
「……はぁ~……くそっ!お前といると、イライラする……」
由羅が顔を手で覆って、息を吐き出しながらボソリと呟いた。
「……へ?」
こいつ今……オレといるとイライラするって言ったの?
「いや……何でもない。怒鳴ってすまなかったな。おやすみ」
「……え?ちょ……」
由羅が急に立ち上がると、部屋から出て行った。
イライラする……?
そりゃ、オレもあいつが何考えてんのかわかんなくて、あいつと話してると何かムカつくっていうか、イラっとすることはあったけど……
「何だよそれ……だったらなんで……」
オレなんか雇ってんだよ……?
ホント何考えてんのかわかんねぇ……
ムカつく!!
一緒にいてイライラすんのはオレもだし!!
……オレもなのに……由羅に「イライラする」って言われた瞬間、ちょっとショックだった……
ベッドに倒れ込んで枕に顔を埋めると、微かに由羅の香りがした。
ムカついてるのに一瞬ホッとしている自分にまた困惑する。
「っ……ぁ~もぅ!!なんなんだよっ!!」
よくわからない感情を持て余して、結局その夜は一睡もできなかった。
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