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クリスマス 第62話(由羅)

 昼過ぎに由羅が帰宅すると、家の前に姉の車が停まっていた。  姉が来るという連絡はなかったはずだが……?  由羅に連絡がなくても、綾乃に連絡をして勝手に来るということはよくあるので、特に気にせずに家に入ろうとして、立ち止まった。  何か違和感を感じ、車庫内を見回す。  普段は車庫の壁にかけてある綾乃の折り畳み自転車がない。    姉が来ているのに、綾乃だけ出かけた?姉に莉玖を任せて何か買いに行ったのか?    訝しく思いながら家に入った。 「あら、お帰りなさい」 「あぁ、ただいま。莉玖、ただいま。……姉さん、綾乃は?」  やはり綾乃は見当たらない。 「あらやだ、綾乃ちゃんから連絡なかったの?」 「え?」 「綾乃ちゃん熱が出ちゃってね、私に連絡が来たのよ。で、部屋で寝てなさいって言ったんだけど、ここにいてみんなにうつすといけないから一旦家に帰るって言って……」 「帰る!?綾乃がそう言ったんですか!?」  由羅は思わず姉の言葉を途中で遮ると、慌てて綾乃の部屋に向かった。  綾乃の部屋には、画用紙などの事務用品しか残されていなかった。    あの大荷物を全部持って出て行ったのか!? 「ちょっと、どうしたのよ?そこにはいないでしょ?」  由羅が綾乃の部屋の入り口で立ち尽くしていると、背後から姉が声をかけてきた。   「綾乃は家に帰ると?」 「え?ええ、そうよ?まぁ、だいぶ顔も赤くてちょっとフラフラしてたし、声も鼻声だったし……私に電話して来るってことは結構熱も高めだったんじゃないかしら。ここだと気が休まらないだろうし、体調が悪い時は家の方が……」 「綾乃に家はない!」 「……ええ!?」 「母親は再婚相手と海外に住んでいるし、綾乃が一人暮らしをしていたアパートはガス爆発で住めなくなって……行くところがないっていうから、この部屋を綾乃の部屋にしていたんだ。それなのに一体どこへ……」 「っやだわ、なんてこと……。ごめんなさい。私知らなかったものだから……」  杏里が愕然とした様子で口元を手で押さえた。 「あ、いや……姉さんのせいじゃありません。すみません、声を荒げて」  姉には、綾乃がここに住み込みになった詳しい経緯は話していなかったのだから、知らなくても仕方がない。 「ねぇ、響一?綾乃ちゃんに連絡してみたら?」 「あ、そうですね」  綾乃の携帯にかけてみるが、電源を切っているらしく繋がらなかった。 「……繋がりませんね……姉さん、莉玖をお願いしてもいいですか?ちょっと探してきます」 「探すって、どこにいるかわかるの?」 「いえ……ただ、あの大荷物を持っているなら目立つだろうし、具合が悪いならそんなに遠くには行ってないと思います――……」 ***  とは言ったものの、由羅には綾乃の行動など検討もつかない。  綾乃とは結構話をしていると思っていた。  実際、由羅にしてみれば、綾乃と暮らし始めてから、プライベートでは人生で一番よく喋っている。  綾乃は、莉玖のことを話す時、自分のことのように嬉しそうに話す。  今日はこんなことが出来るようになった。こんなことをした……  そんな綾乃を見ているのが楽しくて……毎晩無理を言って、口頭で一日の様子を報告してもらっていた。    だが、考えてみれば、綾乃との会話の内容は莉玖のことばかりだ。  綾乃のことは雇う前に経歴を調べたものの、プライベートなことはほとんど知らない。  綾乃から聞いたのは、両親のこと、帰る家がないこと、彼女はいないこと……  彼女はいないと言っていたが、友人は?友人のところにでも行ったのか?  それなら、なぜ電話に出ない?  駅前の駐車場に車を停めると、歩きながら周囲を探した。  具合の悪い状態で、折り畳み自転車とあの大荷物を持って電車に乗ることは考えにくい。  また、姉にはタクシーに乗ると言ったらしいが、実際は自転車を使っていることから、途中でタクシーに乗り換えてどこかに向かうとは思えない。  とすると、せいぜい来てもこの辺りまでだ。  由羅の家から駅前までは、特に立ち寄るような場所はなく、綾乃らしき人物は見当たらなかった。  駅前で、綾乃が行くところ……  そういえば、綾乃は住むところがなくなった時、たしか……ネットカフェとやらに行くと言っていたな。  さっそく駅近くにある数件のネットカフェを探してみたが、綾乃は見つからなかった。  せめて携帯に電源が入っていれば、GPSで調べられるのに……  莉玖のことがあるので、もしもの時のために綾乃の携帯を追えるようにしてある。  だが、電源が入っていないと現在地がわからない。  他に綾乃の位置がわかる方法は……  そうだ……っ!  由羅は、携帯を取り出し、ある情報を調べた。 「よし!見つけた!」 *** 「――こちらのお部屋になります」 「ありがとう」  ホテルの合鍵を使って部屋に入ると、本当に人がいるのか疑いたくなるほどの冷気が漏れてきた。  なんだ?暖房つけてないのか?  部屋の電気をつけてベッドに近付くと、他でもない綾乃が震えながら唸っていた。 「綾乃っ!?……まったくおまえは……こんなところで一体何をしているんだっ!そんな状態で勝手に家を出るんじゃない!この、バカがっ!!」  ようやく見つけてホッとすると同時に、綾乃の状態をみて何とも言えないやりきれない思いと怒りのような感情が込み上げてきて、思わず怒鳴っていた。  サイドテーブルには、ドラッグストアの袋と風邪に必要なものが一式。  綾乃の額に触れると、もう(ぬる)くなっていた熱さましシートの端がペロリとめくれた。  意味をなさなくなったシートを外して、新しいシートを貼りつけると、綾乃が少しホッとした顔をしたように見えた。  由羅は眉間の皺を更に深くし、長いため息を吐くと綾乃を抱き起した。 「……家に帰るぞ」   ***  

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