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クリスマス 第67話

 夜の7時過ぎ。  目を覚ましたオレがリビングに行くと、由羅が帰宅していた。 「あれ?由羅いつ帰って来たんだ?」 「5時頃だが……なんだ覚えてないのか。お前とも会話はしたぞ?」 「あ~……?」  そういえば、なんとなく由羅と話したような気がするけど…… 「まぁ、それは別にいい。それより、ちょっとこっちに来てくれ」  オレが首を傾げていると、キッチンにいた由羅が手招きをしてきた。  そして…… 「……姉に渡されたから持って帰っては来たが……綾乃食えるか?」 「う~ん……すっげぇ食いたいんだけど、胃が受け付けるかどうかは微妙……」  オレたちは、由羅が杏里に貰って来たというクリスマスディナーのおすそ分けを前に二人して唸った。  テーブルの上には、大きなお皿に乗った鶏の丸蒸し焼きと、大きなタッパーに入ったポテトサラダ、トマトやサラダ菜などの生野菜サラダ、パンプキンチーズドリア、アクアパッツァ……どう考えても二人分じゃない量のディナーが並んでいた。    普段ならご馳走に大喜びするところだけど、病み上がりでしばらくお粥しか食ってないオレの胃は、たぶん一口ずつでもお腹いっぱいになりそうだ。  っていうか、杏里さん、自分たち家族が食べる分ももちろん残してあるはずだよな!?  いったいどれだけ作ったんだ!? 「ま、まぁ……せっかくだし食おうぜ!」 「そうだな」  せっかく杏里さんが作ってくれたんだし、オレはともかく由羅には食わせておかねぇと!    タッパーに入っていた料理をひとまず二人で食えそうな量だけお皿に移して温め直した。   「いただきます!」 「いただきます」 「あれ?由羅、ワイン飲まねぇの?」  杏里からもらってきたものの中に、赤ワインが入っていた。  てっきり、由羅が飲むから杏里さんが入れてくれたのかと思ったんだけど…… 「ん?あぁ、お前はまだ飲めないだろう?」 「オレは風邪薬飲まなきゃだから無理だけど、別に由羅は飲めばいいじゃん。グラス取って来る」 「いや、いい。お前が元気になったら一緒に飲もう。ひとりで飲んでもつまらんからな」 「え?あ、そう。まぁそれなら別にいいけど……」  立ち上がりかけていたオレは、また椅子に座り直した。 「そういや、由羅はなんで帰って来たんだ?」  由羅が鶏の丸蒸し焼きを切り分けてくれているのを見ながら、さっきから気になっていたことを聞く。 「……綾乃?忘れているかもしれないが、ここは私の家なんだが?」  由羅が手を止めてちょっと呆れた顔をした。   「そういう意味じゃなくて!!杏里さんのところでクリスマスパーティーだったんだろ?オレてっきりお前も向こうで食ってくるもんだと……」 「綾乃が家にいるのに向こうで食ってくるわけがないだろう?もともとプレゼントを渡したらすぐに帰ってくる予定だったんだ。だが、姉に私たちの分もディナーを用意するからそれまで子どもたちの相手をしていろと言われてな……というか、お手伝いさんたちも総出で料理にかかりきりになっていたから、子ども達をみる余裕のある大人が私しかいなかったんだ」  なるほど、それでこの量を……  これはまだディナーの一部で……しかも家族の分だけ……!?  オレの家のクリスマスなんて…… 「……あ、これ美味いな」  オレは深く考えるのを止めて、由羅が切り分けてくれた鶏の丸蒸し焼きを食べた。 「ん?あぁ、いい焼き加減だな」 「なかなかこんなにキレイに焼けねぇんだよな~……時間かけてじっくり焼かないと……」  由羅家のクリスマス用に買って冷凍してあるのは骨付き鶏モモ肉だ。  こんな丸ごとなんてなかなか焼けないし、大人二人(オレがあんまり食わないから、ほぼ由羅一人だけど)で食べるのは大変だからと買わなかったのだが……うん、買わなくて正解だったな!! *** 「――あ~、なるほど、ちょっと隠し味にアレを足せばいいのか……でも、まだ他にもなんか入ってる気がすんだよな~……なんだろこれ……」 「……綾乃?……あ~や~の!!」  いろいろ食べながら、使われている調味料を考えていると、急に由羅が片手でムニッと頬を挟んで来た。 「ふぁい(はい)?」 「綾乃……勉強熱心なのはいいことだが、メモするのは後にしてくれないか?」 「え?だって、食いながらじゃないと忘れちま……」  反論しようとして、ふと、由羅がオレといるとイライラすると言っていたのを思い出した。  こういうところかな?   「ごめん……そうだな、食べながらは行儀が悪いよな」 「それもあるが、せっかくのクリスマスディナーだぞ。今は食べることに集中してディナーを楽しめ。お前がいつも莉玖に言ってるだろう?食事は食べることを楽しむことから!って」 「あ~……」  はい、言ってますね。  食事は楽しく美味しく!って…… 「レシピは、また今度姉に直接聞けばいい。その方が早いだろう?」 「そっか、たしかに」  オレはメモとペンを片付けて、食べることに集中することにした。 「……」 「綾乃……」  これ以上由羅に怒られないように黙々と食べていると、由羅が大きなため息を吐いた。 「何だよ!?もうメモしてねぇだろ!?」 「黙って食えとは言ってない。楽しめと言ったんだ。眉間に皺を寄せながら食うな」 「常に眉間に皺寄せてるお前に言われたくねぇよ!?」 「私はそんな顔していないぞ?」  由羅が、心外だ、という顔をした。  おいおい、マジかよ……こっちがビックリだっつーの!! 「……お前一回鏡見て来い!!」 「心配しなくても、鏡なら毎日見ている」 「わかった、眼科に行ってこい!」 「目はいい方だと思うぞ?両目1.5ずつあるし……」  くそぉ~!皮肉が通じねぇ~!  しかも視力負けたぁ~! 「やだもぅ……オマエキライ……」  オレは顔を両手で覆って思わず呟いた。 「私は綾乃が好きだぞ」 「うわ~、ナルシ……はい?」  一瞬、由羅が自分自身のことが好きと言ったのだと思ったが、よく考えると間に「綾乃が」とついていた気がして固まった。  あれ?オレまだ熱あんのかな?  これは熱で脳が沸いてんな~……ハハハ。 「私は好きだと言ったんだ」 「……ふぇ!?――」 ***  母さん……オレは今日、人間は理解不能なことを言われると、変な声が出るということを知りました。  そんなこんなでメリークリスマス・イブ――…… ***

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