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クリスマス 第74話
莉玖の寝息が聞こえてきて、数分。
オレはそっと息を吐くと立ち上がって伸びをした。
「寝たか?」
「うん、たぶん。じゃ、オレ風呂入って寝る。おやすみ~」
「あぁ、おやすみ。風呂で寝るなよ?」
「わかってますっ!」
オレは顔を思いっきりしかめて返事をすると、風呂に向かった。
莉玖と一緒に入ることも多いが、今日は莉玖がもう半分寝かけていたので、とりあえず莉玖だけ先に風呂に入れたのだ。
久しぶりに莉玖に会えて癒された反面、まさかのパパイヤ期に突入で一気に疲れた。
何が疲れたって……由羅のフォローに。
以前から由羅は自分よりもオレの方に莉玖が懐いていると言っていじけることが多かったが、パパイヤ期は莉玖自身にハッキリと「パパイヤ!」と言われてしまうせいで、ダメージが半端ないようだ。
うん、わかるよ。
オレも保育士になって最初の頃は男の保育士ってことで怖がって子どもに泣かれたり、女の先生の方がいいって言われたりして近寄って来てくれないこともあったし……それが我が子だと余計にキツイよな~……
そんなことを考えながらも、眠たかったので急いで風呂から上がった。
ようやく治ったばかりなのにまた風呂で寝て風邪ひいたら、もうホントただのバカだし!?
部屋に戻ってベッドに横になると、ふと書店の袋が視界に入った。
「あ、そうだ。忘れてた……」
***
そっと由羅の部屋をノックして覗き込む。
「綾乃?どうした?」
「ごめん、起こしたか?」
「いや、まだ寝ていない。入って来い」
由羅がタブレットを横に置いてオレを手招きした。
莉玖を起こさないようにそっと部屋に入ると、由羅のベッドに腰かける。
「なんだ?」
「あのさ、別に明日でも良かったんだけど、一応クリスマスだから……」
オレは莉玖用のクリスマスプレゼントに買っておいた絵本を取り出した。
「今日莉玖に渡すつもりだったけど、渡しそびれた。まぁ、一応どんなの買ったか由羅にも見せておこうかなと思って……」
「これは……私が開けてもいいのか?」
由羅がクリスマスのラッピングをされた絵本を手に持って首を傾げた。
「あ~……明日莉玖と一緒に開けるか?」
「そうだな。これは莉玖が綾乃に貰ったものだからな」
「そか。うん、そうだよな!」
「明日の朝、綾乃から莉玖に渡してやってくれ。その方が莉玖も喜ぶ」
「わかった。あ、それとこれ……」
由羅から絵本を受け取ってまた袋に入れ直すと、もう一つの袋を渡した。
「ん?」
「こっちはお前が開けていいぞ」
「これは何だ?」
「……お前の分」
「私の?」
戸惑いながら由羅がラッピングを剥がした。
「……万年筆?」
「一応……クリスマスプレゼント……本屋の文具コーナーで買ったやつだけど……」
子ども達の絵本を買った時に、ただ何となく……由羅にも何かあった方がいいかなと思っただけで、あまり深い意味はない。
まさか由羅からあんな高いプレゼントを貰うとか思ってもなかったし……
「……」
由羅が黙ったまま万年筆をじっくりと眺める。
いや、そんなにマジマジと見られても困るんだけど……何か言えよ!?
「あ~……えっと……用はそれだけだ。あの、それ別にいらなかったら捨ててくれていい……ちょっ!?」
用は済んだので部屋に戻ろうと立ち上がった瞬間、由羅に腰を掴まれて抱き寄せられた。
「あ~もう!何だよ!?危ねぇだろ!?」
「なぁ、綾乃も実は私のこと好き……」
「それはないっ……もごっ!」
思わず大きな声を出してしまい、由羅に手で口を塞がれた。
「綾乃、声がデカいっ!」
「ん゛~!……ぷはっ、お前が変なこと言うからだろ!?」
「変なことを言ったつもりはないが?」
「ちょ、顔が近いっ!耳元で喋るな!」
由羅の顔を掴んで遠ざけようとするが、由羅はオレの手首を掴むと軽く力を入れただけで簡単に手を外してくる。
何かコツでもあんのか?ツボ押してるとか?
「小声で喋らないと莉玖が起きるだろう?」
「そんなに近付かなくても聞こえるし!オレ若いからっ!」
由羅に耳元で喋られるとゾワゾワするから苦手だ。
「すまんな。私はもう年だから、近くじゃないと聞こえない」
「おまっ……そんな年寄りじゃねぇだろっ!?」
「綾乃よりは年上だからな」
年上っつっても、由羅は10歳くらいしか離れてなかったはず……
ん?10歳上ってことは……
「え……なぁ、30過ぎると耳って遠くなるのか?」
「……冗談に決まっているだろう?頼むからそんなに真剣に心配しないでくれ。体力的にもまだ綾乃には負けてないと思うぞ?」
由羅が苦笑してオレの頭をポンと撫でた。
「なんだ、冗談かよ」
真剣に心配して損した!
ふん!と鼻を鳴らして由羅の胸元にもたれかかる。
耳元で話されるのは苦手だけど、由羅は大きいからもたれるのには丁度いいんだよな~……なんつーか、椅子的な意味で。
「綾乃、ありがとう。大事にする」
「え?あ、うん……」
「今まで貰ったプレゼントの中で一番嬉しい」
由羅が本当に嬉しそうな笑顔で上から覗き込んで来た。
「そ、そうか。それは良かった」
いや、待って、そんな嬉しそうな顔されると困るっ!!
だって……
「ごめん!それ一万円くらいのめっちゃ安物だからっ!!由羅に貰った服一式とは全然つり合いとれないんですぅうう!!」
オレは罪悪感のようなものに耐えきれなくなって、声を抑えて両手で顔を隠しながら叫んだ。
「なんだ、そんなことか。別に値段なんて関係ない。綾乃に貰ったから嬉しいんだ」
「へ?あ、そう……なのか?」
あまりの値段の差に由羅が呆れるかと思ったが、そうでもないらしい。
ま、まぁ……メモ取る時とかには使えるだろ!
「そか……へへ。なら良かった――」
ほっと安堵したオレは、眠気を感じながらもそのまま由羅とどうでもいい話をしていたせいで、その日は久しぶりに由羅のベッドで寝落ちした。
***
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