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ただの酔っ払い 第76話
その日の夜。
由羅は帰りが遅くなると言っていたので、オレは莉玖を寝かしつけて12時前にはベッドに横になっていた。
「……ん……?」
ふと、口唇に違和感を感じて目を開けると、由羅の顔がすぐ近くにあった。
「……ひぇっ!?……ぇ……由羅!?……」
一瞬霊が寄って来たのかと思って思わず叫び声を出しかけ、慌てて声を潜める。
「ただいま」
「おかえり……って、な、顔近ぇよっ!ぅわっ、酒臭っ!!」
今にも鼻と鼻が触れそうな距離にある由羅の顔を押しのける。
「綾乃の顔が見たかったんだ」
オレに押しのけられた由羅が、そのまま隣に仰向けに寝転がった。
「はあ?……あ、おいこら、スーツ脱げ!そのまま寝たら皺になるぞ?」
「脱がしてくれ」
アンニュイな表情で由羅がオレに手を伸ばして来た。
「……お前酔っぱらってんな?」
「酔ってない」
「これ何本だ?」
由羅の目の前で人さし指を振る。
「綾乃だ」
「……はい、酔っ払~い。ほら、ちょっと起きろ。上だけでも脱げって!」
由羅の腕を引っ張って上体を起こすと上着を剥ぎ取った。
「由羅、ネクタイも!コレどうやって外すんだ?」
オレの知ってるネクタイの結び方じゃないので外し方がよくわからない。
「ん~……」
オレが両手で四苦八苦していたのに、由羅は片手で簡単に緩めた。
「あ、こっちを引っ張るのか」
ネクタイを外して、シャツの上の方のボタンも2~3個外す。
これもういっそのこと全部外してシャツも脱がすか?
あ~でも全部脱がすと、パジャマ着せなきゃか……面倒臭ぇな。このままでいいか!
「よいしょっと!」
オレの肩に頭を乗せていた由羅を引きはがしてベッドに突き倒すと、スーツをハンガーにかけた。
さてと……水持ってくるか。
「綾乃っ!?」
「ひゃぃ!?」
部屋から出ようと扉を開けると、由羅が少し焦り気味で呼び止めて来たので、こっちも驚いて変な声が出た。
「なんだよ?ビックリするだろ!?」
「どこに行く?」
「あ?水と薬取りに行くだけだよ」
「……そうか」
「大人しく待ってろ。あ、吐くならトイレ行けよ?」
「そこまで酔ってない」
「あっそ」
酔っ払いはみんなそう言うんだよっ!!
でも、由羅があんなに酔ってるのは珍しいっつーか、初めて見たな。
飲み会に行ってもあんまり飲まないって言ってたのに……
***
――数分後。
オレは酔っ払いにベッドに押し倒されていた。
え~と……由羅のために水と薬を持って来てやっただけなのに……どうしてこうなった?
薬を飲んだあと、由羅が引っ付いて来たな~と思ったら、いつの間にか……
「由羅~?おいこら、離れろって!」
「いやだ……」
「あ?」
「綾乃が言ったじゃないか。今日一日頑張れば好きにしていいって」
「はい?……」
ん?こいつ何言ってんの?
今日頑張れば……あ~朝のやつか?
「いやいやいや、言ってねぇよ!?休み中、お前の好きなものを作ってやるとは言ったけど……」
「……そうだったか?」
由羅が少し考えると首を傾げた。
「そうですけどぉ!?」
「気のせいだ」
「いやいや、お前の方こそ気のせいだっつーの!!」
「綾乃うるさい。莉玖が起きる」
「誰のせいだよっ!」
急にまともなこと言うなっつーの!!
「私の耳には何でも好きにしていいって聞こえたんだがな?」
「言ってねぇし!どうやったらそんな聞き間違いするんだよっ!?」
「年だから耳元で言ってくれないと聞こえないと言っただろう?」
「耳鼻科行ってこい!!」
ん?耳元?それこの間言ってた冗談のやつか!
「お前酔ってんのか素面 なのかどっちだよ!?」
「どっちがいい?」
「……どっちも面倒臭いからイヤだ」
「綾乃が冷たい」
「やっぱり酔っ払ってんな」
元々面倒臭い性格してるけど、今日はやけに絡んで来る。
「……どうしたんだよ?何かあったのか?」
オレはため息を吐きつつ、由羅の顔を両手で挟み込んだ。
「ん?」
「ウザいのは前からだけど、こんなに酔っ払うの珍しいじゃねぇか」
「ん~~?……まぁちょっとな……今日は本社の忘年会だったから……」
由羅が視線を逸らしつつ、気まずそうにオレの肩に顔を埋めて来た。
子どもの柔らかい髪と違って、由羅はかっちり髪をセットしているせいか、若干こそばゆい……
「あ~……あれか?じいさんに会ったとか?」
本社ってことは、由羅を後継者にしようとしていたじいさんとも顔を合わせたってことだよな?
だから様子が変なのか?
「祖父もいたが……祖父は少し顔を出したらすぐに帰ったから大丈夫だ。それより鬱陶しいのが親戚連中でな……特に私の父の兄が……現代表取締役なんだが、それがやたらと私に絡んで来るんだ……」
由羅の伯父は、自分の息子を後継者に考えているらしいが、じいさんは未だに由羅を後継者にと譲らないらしい。
そのせいで何かと由羅の評価を下げようと、無茶振りばかりしてくるのだとか。
「私は後継者争いには興味がないと言ってあるんだが、私のそういう態度まで気に入らないと言い出してな……」
そもそも、現在由羅が社長をしている子会社は、会社の中では結構重要な位置にあったのだが、周りの反対を押し切って伯父が自分の息子を社長にしたところ、まさかの一年も経たずして潰れる寸前にまで業績を落としてしまったらしい。
伯父は、もう誰にも立て直せないだろうと見放されていたその子会社を由羅に押し付けて、由羅のせいにして責任を取らせて後継者から外そうと画策してきたらしいが、由羅は社長になって半年で立て直したどころか、業績が右肩上がりなので、逆にもっと評価が上がってしまったのだとか。
え、っていうか、伯父も伯父の息子も……バカなの?
「あいつは……頭は悪くないんだが、伯父と同じで自分さえ良ければいいという考えなんだ。だから、一言で言えば……人望がない。そして、先を見通す力がなさすぎる。上に立つなら、せめてもう少し……あ~……いや、すまん……」
「ん?」
「愚痴るつもりはなかったんだが……やっぱりちょっと酔ってるな」
そう言うと、由羅が身体を起こして隣に寝転がった。
「お?なんだ、ようやく認めたか。酔っ払い」
オレは由羅の方に身体を向けて、笑いながら由羅の頭をポンポンと撫でた。
むしろ、今まで本当に酔ってないつもりだったのか?
「まぁ、でも……嫌なやつの相手すんのは疲れるよな。よく頑張ったな、お疲れさん」
オレも仕事でモンペの相手した後はどっと疲れてたから、何となく由羅の気持ちもわかる。
そりゃ酔っ払いたくもなるよな~……
「……じゃあ、頑張ったから好きにしてもい……」
「おいこら、良いわけねぇだろ。お前はさっさと寝ろ!」
オレに伸ばして来た手をパシッと叩いて布団を被せる。
「わかった……」
「ちょっ!?由羅!わかってねぇじゃんかっ!離せって!」
ベッドサイドのライトを消していると、由羅に布団の中に引きずり込まれた。
いや、そりゃオレもここで寝るんだけどさ!?
抱き枕にされると苦しいんですけど!?
「寝てるから聞こえない」
「ぶはっ!なんだそれ、起きてんじゃねぇか!子どもかよっ!!……あ~もうどうでもいいから、さっさと寝ろっ!」
ウザいと思いつつも、子どもみたいな言い訳に思わず笑ってしまった。
うん、酔っ払いには何言っても無駄だな。
もうさっさと寝かしつけよう……
オレは酔っぱらったでっかい子どもの背中に腕を回して、トントンと撫でながら一緒に眠りに落ちた。
***
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