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呼び出し 第106話
「ところで、お前が引き取って育てているという子どもはどこだ?」
「ああ……綾乃」
「え?あ、はい」
由羅のすぐ後ろに隠れるようにして立っていたオレは、由羅に促されるまま隣に並んだ。
「む?その男は?」
「彼は綾乃さんです。ベビーシッター兼家政夫として私と一緒にこの子を育ててくれています」
「あやの?男じゃないのか?」
「男ですよ。どう見ても男でしょう?老眼鏡かけます?」
由羅が真面目な顔のままで、じいさんに畳みかけた。
うわ~、由羅がオレ以外の人間をからかってるのって新鮮!!
「老眼鏡は近くを見る時に使うんじゃ!わしはまだ遠くは見えるわい!」
「そう思ってるだけじゃないですか?」
「やかましいわっ!!だいたい、なんで男なんぞ……子守やお手伝いなら女を雇えばいいだろうに!」
「性別は関係ないですよ。私が直接彼と会って話して、彼なら任せられると思ったから雇ったんです」
「男のくせに――……」
「それじゃ、顔を見せたので帰ります。行こうか、綾乃」
渋い顔でブツブツ言い始めたじいさんを無視して、由羅が部屋から出ようとした。
「おい!?こらっ!響一!待たんかっ!!」
「なんですか?用事なら済みましたけど?」
由羅がうんざりした顔で振り返る。
「まだ済んどらんわっ!子どもをもっとこっちに連れてこんか!」
じいさんの言葉に由羅が小さく舌打ちをした。
たぶん、すぐ隣にいたオレにしか聞こえていないはずだ。
よくまあ、表情を変えずに舌打ちするなんて器用なことが出来るもんだな……
「綾乃、ちょっと見せるだけでいいぞ」
「え?あ、うん」
一瞬何のことかわからなかったが、由羅にそっと背中を押されて、莉玖をじいさんに見せに行けと言われているのだとわかった。
「ほぅ、うむ、なかなかいい面構えをしておるな。大人しくていい子じゃ。これ、もうちょっとこっちに顔を向けんか!まったく、気が利かんのう」
覗き込もうとするじいさんから逃げるように莉玖が顔を背けると、じいさんはオレに向かって文句を言ってきた。
「彼が気が利かないんじゃなくて、お祖父様の顔がダメなんです。お祖父様の顔を見たくないからこの子が顔を逸らしているということに早く気付いて下さい」
「なんじゃと!?――」
由羅とじいさんがまた何やら言い合いを始めたが、その時オレはひたすらじいさんのヒゲに見入っていた。
じいさんの口の周りには、赤い服を着ればそのままサンタになれそうな立派なヒゲが生えていたのだ。
いや~見事だな~。
でも、ちょっと邪魔そうだな。ほら、今だって喋る度にヒゲを食べちゃってるじゃんか~。
飯食べる時も絶対にヒゲを一緒に食べちゃうだろ!?
「……れ、これっ!早く子どもを抱かせろ!」
「え?」
ヒゲのことしか考えていなかったので、じいさんに話しかけられていることに気付くのがちょっと遅れた。
「子どもをこっちに寄越せと言っとるんじゃ!」
「あ、無理ですね」
「無理じゃと?口の利き方がなっとらん!!子守ふぜいが誰に向かって……」
「この子はオレ以外には抱っこされませんよ」
「何を言うとるんじゃ?いいから寄越さんか!わしのひ孫じゃぞ!?」
じいさんがしつこく言うので、由羅を見上げると、由羅が軽く頷いた。
「じゃあ、どうぞ」
「おお、ほれ、おいで……」
「ぃぎゃあああああっ!!」
オレがじいさんに莉玖を渡そうと差し出した瞬間、先ほどから眉間に皺を寄せて泣く準備をしていた莉玖が大声で叫んで必死にオレの腕にしがみついてきた。
「な、なんじゃ!?急に泣きおって!!」
莉玖の脇腹に触れていたじいさんが、動揺して思わず手を離した。
オレはすかさず莉玖を自分の腕の中に抱き戻した。
「ぁんぎゃあああっ!!!」
「え~い、やかましい!!どうにかせいっ!!」
「よしよし、莉玖、ごめんな~。びっくりしたよな?大丈夫だぞ~」
「あ~のおおおおおお!!!」
「はいはい、ここにいるぞ~」
背中を撫でつつちょっと身体でリズムを取りながらあやす。
莉玖がぎゅっと抱きついてきて、涙と鼻水だらけの顔を服に擦り付けようとしたのを見て、慌てて由羅が間にタオルを入れてくれた。
「お祖父様」
由羅がさりげなく、じいさんとオレの間に入ってくれて、非難めいた口調でじいさんを見た。
「わ、わしは何もしとらんぞ!?」
「だから、この子は彼じゃないとダメなんですよ。どうせお祖父様のことだから、今度はこの子をご自分の後継者になるように育ててやろうとでも考えていたんでしょう?」
「う゛……なぜそれを……」
じいさんが気まずそうな顔でヒゲを撫でた。
え?莉玖が後継者ってどういうことだ!?
「お祖父様の考えそうなことくらいわかります。でも、お祖父様、だいぶ耄碌 されましたね。ご自分の年齢もわからないんですか?この子が後継者になれる年齢までご自分が生きていられるとでも?」
おいおい、由羅!?
じいさんが今何歳なのかはわからないが、結構な高齢なのだろうとは思う。
だから、由羅が言いたいこともわかるけれども……さすがにその発言はどうなんだ?
「響一、そう思うなら、お前が後継者になれ!」
「それはお断りします。だいたい、後継者なら心配しなくても博嗣 さんが継ぐ気満々ですよ」
博嗣 ?あ~えっと、たしか由羅の従兄だよな?
ってことは、その人って……
「あいつはダメじゃ!たった半年で会社を潰しかけるようなやつに任せられるかっ!!」
やっぱり!ある意味伝説を作った人だ!
「そう思うなら、博嗣さんをお祖父様がもっと鍛えればいい」
「鍛えようとしたが、あいつは根性がなさすぎる。それに、勉強はそこそこできるが、経営者としての素質はゼロどころかマイナスだ」
「そうですね、その意見には同意します」
経営者の素質が一体何なのかはわからないけれど、まぁ、博嗣には経営者の才はないだろうなぁ~……と思う。
「ですが、私は継ぐ気はないですよ。いい加減諦めて下さい」
「わしゃ諦めん!!」
「はいはい、それじゃもういいですね。失礼します」
オレは由羅に背中を押されるようにして部屋から出た。
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