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そこに穴があったから… 第112話
寝たフリをして由羅を先に眠らせてやろうと思ったのに、気がつくとオレの方が先に寝ていた。
まぁ、うん……それは別にいいけどさ……なんでオレが抱きしめられてんのかな~?
夜中にふと目を覚ましたオレは、完全に由羅の抱き枕になっていた。
逃れようともがくと余計に抱きしめて来る。
一瞬起きてるのかと疑ったが、どうやらそうでもないらしい。
由羅からは規則正しい寝息が聞こえていた。
……もっかい寝よ。
毎回もがくのも疲れるし、由羅に抱きしめられるのも何となく慣れてきた。
この歳になると誰かに抱きしめられることなんてあんまりないけど、由羅とのハグは嫌いじゃない。
由羅の腕の中は温かくて妙に落ち着くし……ま、本人には絶対に言わないけど!
***
「あ~の!」
「ん~……?ふがっ!?」
「あ、莉玖!お鼻は危ないから止めなさい!綾乃が痛がってるだろう?」
莉玖の指が見事に鼻の穴にずぼっと入ってきて、一気に目が覚めた。
いってぇ~……
起き上がって鼻を押さえていたオレが何気なく手を離すと、手が赤く染まっていた。
「……あ゛……ヤバい、由羅っ!ティッシュ取って!」
慌てて片手で小鼻を押さえたものの、先に流れていた分がもう片方の手にボタボタと垂れてくる。
「え?ああ、ほら。どうした?……おい、大丈夫か!?」
「ん~らいじょ~ぶ……」
小鼻を指で強く挟んだまま由羅からティッシュを受け取ると、口に垂れてきていた血を拭いた。
手についた血も拭こうとしたが、ティッシュで拭くよりも洗った方が早い。
「へあらっへふる 」
「待て、まだ止まってないだろう?しばらく動くな」
「らいじょ~ぶらっへ 」
「ダメだ。結構出てるじゃないか!」
「ふぁい……」
片手で鼻を押さえつつ手を洗いに行こうとしていたオレは、由羅にベッドに戻されてしまった。
仕方がないので、小鼻を押さえたままじっと血が止まるのを待つ。
手についた血は、由羅が拭いてくれた。
あ、シーツに血がついちゃったから後で洗わねぇと……
オレの顔が血だらけなのと由羅が慌てている様子から何やら感じ取ったのか、莉玖は大人しくベビーベッドから様子を見ていた。
「そろそろ止まったか?」
「ん~……」
数分後、試しに指を離すと、またポタポタと垂れて来た。
「らめら……ゆら、はおるぬらふか、ほれーざいもっへきへ」
「すまん、もう一回言ってくれ」
「タオル濡らすか、保冷剤持って来て!鼻冷やす!」
オレはティッシュで鼻を押さえつつ一瞬指を離して一息に喋ると、また鼻をつまんだ。
「ああ、わかった」
由羅が持って来てくれた保冷剤で鼻を冷やすと、しばらくして出血は止まった。
念のためティッシュを鼻に詰めて、顔と手を洗いに行く。
「綾乃、大丈夫か?」
顔を洗ってもう一度ティッシュを詰めていると、由羅が様子を見に来た。
「大丈夫だよ。ちょっと爪が当たっただけだ」
乳幼児の爪は薄い。
一見脆そうだが、実は剃刀のようにめちゃくちゃ鋭い。
紙で指を切るのと同じような感じだが、直線じゃなくて薄皮を抉 ってくるので更に痛い。
たぶん、鼻に突っ込まれた時に莉玖の爪で鼻の薄い粘膜に傷が入ったのだろう。
ま、よくあることだ。
「すまない、 爪切りはちゃんとしているつもりなんだが……」
「結構短くしてても、わりと痛いんだよな~。まぁ、深爪にし過ぎても危ないし、こまめに切るしかねぇよな」
っつーか、爪切りは由羅がちゃんとしてくれてるからいいとして、人の鼻に指を突っ込まないように教えないとだな。
莉玖はやけに鼻に突っ込みたがるし……うん、穴があると何か突っ込みたくなる気持ちはわかるけどな?オレも子どもの頃はコンセントとかいろんな穴を見つける度に指やガムを突っ込んで詰まらせて叱られてたし……
「……綾乃、コンセントの穴に指を突っ込むのは危険だと思うぞ?」
「それは子どもの頃のオレに言ってくれ。まぁ、子どもには感電するとかわかんねぇしな。ただの好奇心で、大人からすればとんでもないことを平気でやるんだよ。だから、莉玖も気を付けておかねぇとな」
「そうだな」
「あ、そうだ。シーツ洗わねぇと!」
「シーツ?」
「オレの血がちょっとついちゃったんだよ!すぐに洗えばきれいに消えるから、先にその部分だけ洗ってくる!朝飯はその後で作るから!」
「ああ、そんなに急がなくてもいいぞ?」
「は~い」
オレはシーツを剥がすと、念入りにその部分を水洗いして洗濯機に放り込んだ。
朝っぱらから何やってんだオレ……
大きなため息を吐いて、キッチンへと急いだ。
***
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