121 / 358
休日の過ごし方 第121話
帰宅後、オレが莉玖のお出かけセットを片付けて、そっと寝室に入ると、由羅が今日自分で獲った成果を爆睡している莉玖に見せていた。
オレが入って来たことに気付いていないようなので、そのまま静かに扉を閉めて様子を窺う。
「どうだ?すごいだろう?初めてで一つ獲れたんだぞ。莉玖がやりたいって言ったら教えてやれるようにもっと練習しておくからな。もうちょっと大きくなったら一緒に行こうな」
ん?由羅があんなに必死になっていたのは、いつか莉玖とゲーセンに行った時に、莉玖が欲しがる景品をサッと獲ってやれるカッコいいパパになりたかったってこと?
「――綾乃は何でもできるな。パパの知らないことをたくさん知ってる。莉玖が綾乃じゃないとイヤだって言うのもわかるよ。でも、パパも頑張るからちょっとくらいパパにもお愛想してくれよ……」
パパイヤ期の莉玖に、もうお愛想でもいいから少しくらい相手してくれと言ってしまうあたり何というか……切実だな。
切実なのに、微笑ましくて顔がにやけてしまう。
「心配しなくても、パパイヤ期はずっと続くわけじゃねぇよ。莉玖がもう少し大きくなって、いろいろ理解できるようになってきたらまたパパと二人でもお出かけ出来るようになるから」
「綾乃!?いつのまに……」
「ん?ちょっと前から」
「……聞いてたのか?」
「ん~?ちょっとくらいパパにもお愛想してくれってあたり」
本当はちょっと弄ってやるつもりだったのだが、思った以上に由羅が動揺していたので聞かれたくなかったのかと思い誤魔化した。
「そうか」
最後の方しか聞かれていないと思って由羅がホッとした顔をした。
別にそんな他人に聞かれてマズいような変なことは言ってなかったと思うけどなぁ~……
***
「それで、あのぬいぐるみは?」
ベッドに入るなり、由羅の方を向いて小声で話しかけた。
いつも由羅に莉玖の報告をしているので、何となくベッドに入ると何か話さなければいけない気がしてしまう。
「莉玖のベッドに置いて来た。気に入ってくれるといいが……」
「え?あ~……うん、そうだな。パパが頑張って獲ったやつだから気に入ってくれるだろ!」
グロテスクな配色のアメーバみたいな謎のぬいぐるみを抱きしめる莉玖を想像すると、なんかちょっと……微妙。
だけど、せっかく由羅が獲ったやつだからな。
とりあえず明日起きたら記念にぬいぐるみと一緒に写真撮っておくか!
「綾乃、ありがとう」
「ん?何が?」
「クレーンゲーム遊びに付き合ってくれて。助かった」
「ああ、まぁオレも久しぶりにやったからうまく出来るかわからなかったけど、結構身体が覚えてるもんだな」
「そういうものなのか?」
「オレはお前みたいにいろいろ計算したり出来ねぇから。まぁ、オレは考えるよりも身体で覚える方が向いてるみたいだし」
「(そのわりにはキスは覚えないな)」
「ん?……なんか言ったか?」
由羅が口の中でもごもごと何やら呟いたが、オレにはハッキリと聞こえなかった。
「いや、何も?」
「ふ~ん?……」
訝しげに由羅を見ながら、オレはふと思い出した。
あ、そうだ。礼を言うのはオレの方じゃねぇか!
そもそも、由羅と合流したのはオレが麻生に絡まれたからで……
「由羅、今日はありがとうございました」
「何がだ?」
「麻生のこと」
「ああ……」
「さすがにオレももう麻生にホイホイついて行くようなことはしねぇし、いざとなったら警察呼ぶなり叫ぶなりしてどうにか逃れるから一人でも大丈夫だったけどな」
「……私は必要なかったということか?」
由羅がちょっと不満そうにむくれた。
「うん。でも、由羅が来てくれてちょっと安心した。まぁ麻生は由羅が来る前にいなくなってたけどな」
実際、あんなところで麻生に会ったことに驚いて軽く混乱していたので、由羅が電話をかけてきてくれて、麻生の相手をしてくれたおかげでホッとして冷静さを取り戻せたのだ。
「……そうか……んん゛、あ~、まぁあれだ……あいつは何を考えているのかわからんし、なるべく気を付けるようにな」
「うん、まぁ、さすがにもう会うことはねぇと思うけど……普段はあの界隈には来ねぇって言ってたし」
「だが、あの界隈にお前がいるとわかればまた来るかもしれないだろう?」
「あ゛……」
そうか、その可能性は考えてなかったな……
言われてみれば、オレが普段からあのあたりに出没してるってバレたってことだ。
「しばらくは休日にあのあたりに近付く時は私も一緒に行った方がいいかもな」
「それ休日になんねぇから」
「……じゃあ、ちょっと離れて……」
「おいおい、それこそストーカーじゃねぇか!それに莉玖どうすんだよ」
「……ぅ……」
「まぁ、大丈夫だって!オレもなるべくあのあたりでブラブラしないようにする。図書館だけ行ってさっさと帰ってくれば会うこともねぇだろ」
「だが、それだと休日を楽しめないだろう?」
「あ~……まぁ、オレは図書館だけで十分楽しいけど……」
今日だって、昼飯を食べるためにブラブラしていただけだ。
「ああ、そういや、また一緒にゲーセン行くんだろ?その時に遊べるし!」
「そうか……そうだったな!ん?じゃあやっぱり私も一緒に行くってことでいいじゃないか」
「……たしかに」
真顔で話していたのに、思わず二人で顔を見合わせて同時に噴き出した。
なんだこのアホなやり取りは……
でもまぁ、由羅とのこういう無意味なやり取りは嫌いじゃない。
莉玖を起こさないように二人して必死に笑い声を抑えるので、それが余計にツボにハマって笑いが止まらなくなる。
滅多に爆笑しない由羅まで一緒に笑っているのが嬉しくて、更に笑えてしまう。
わかってる。
傍から見れば何が面白いんだ?って思うだろ?
オレもたぶん明日になれば、何でこんなに笑ってたんだろう?って思うはずだ。
でも今は……
「ダメだ!オレ限界!」
笑い声を我慢できなくて、オレは部屋から出た。
「ズルいぞ綾乃!!」
オレを追いかけるように由羅も出て来て、二人して廊下で笑い転げた。
うん……まぁ、たまには、こんな日があってもいいよな!
***
ともだちにシェアしよう!