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両手いっぱいの〇〇 第136話

 バレンタインから数日。  由羅がキスしてきたことについては、互いにお得意ので過ごしている。  莉玖は相変わらずパパイヤ期ではあるものの、ひとまず由羅の帰宅時に泣くことはなくなってきた。 「ん~、今日は由羅遅いのかなぁ~……」  由羅の帰宅を待ちつつ莉玖と遊んでいたオレは、時計を見上げて呟いた。  由羅は遅くなる日の方が多いので、莉玖と一緒に晩飯を食べられる日は少ない。  だから、ある程度の時間が来ると、莉玖だけ先に食べさせる。 「……よし、もう先に食べるか!」 「まんまっ!」 「……ん?……おお?……」  莉玖に話しかけたオレは、そのまま莉玖に釘付けになった。  ご飯と聞いて、莉玖が急にすっくと立つと、前に足を踏み出そうとしたのだ。 「いいぞ~!莉玖!!頑張れ~!」  小声で応援しながら、オレはハッとして、慌てて携帯を構えた。  “最初の一歩”は突然やってくる。  言葉と同じで、「いつの間にか出来るようになっていた」ということの一つだ。  保育現場では両親よりも長い時間一緒にいるため、子どもの“初めての〇〇!”を目撃することは多いが、それでもこの“最初の一歩”を目の前で見えるのは貴重だ。  それに、両親に見せてあげようと思っても、こちらがカメラを構えていると急にやる気を失くしてまた座ってしまうことの方が多い。 「~~~~……っダッ!!」  莉玖が、ふんっ!と意外に力強く一歩を踏み出した。  なんにも掴まらずに自分だけで立って踏み出した最初の一歩だ。 「おお!?……っ……」 『え、ええ!?ちょっと、最初の一歩出た!?今の一歩目!?ねぇねぇ、綾乃くんってば!!』 「シッ!!静かにっ!」  オレは二歩目も出るのを期待してジッと見守っていた。  片足だけを踏み出すのと、右足、左足……と左右交互に出すのとではだいぶ難易度が違う。  五歩くらい交互に踏み出せるようになれば、わりと勢いに乗ってそのまま何歩も歩けるようになるが、一歩だけなら、ただよろけて踏みとどまるために足を出しただけ……という可能性もある。 『二歩目くるかしら……』  莉奈も一緒に固唾を飲んで見守る。  莉玖がちょっと踏ん張って、反対の足を持ち上げようとしたその瞬間……  静寂を切り裂いて、オレの携帯が鳴った。  ぅおおおおおおい!!!なんでマナーモードにしておかなかったんだよオレぇええええ!!! 「っああ゛っ!?」  誰なんだよっ!?今かけてくんなよっ!! 「私だが……何かあったのか?」  着信音に驚いてドスンと座り込んだ莉玖を見ながら八つ当たり気味に電話に出ると、由羅の戸惑った声が聞こえて来た。   「ああ、由羅か。今……あっ!由羅、もう帰って来たのか!?」 「え?あぁ、今車を停めたところだが……」 「早く来て!!早く!!急いでっ!!」 「ん?ああ、わかった」  今ならもしかしたら莉玖がもう一回歩くところを見せてくれるかもしれない! 「莉玖!パパ帰って来たって!!迎えに行こうか!」  オレは莉玖を抱き上げて玄関に急いだ。  オレがリビングのドアを勢いよく開けるのと、由羅が玄関のドアを勢いよく開けるのとがほぼ同時だったので、莉玖も節分の時のように怯えることはなかった。  それよりもむしろ、オレの勢いに驚いている様子だった。   「綾乃!?莉玖!?一体何が……」  由羅が、電話でのオレの様子に何かあったのかと心配したらしく若干焦りながら玄関に入って来た。  荷物を放り出して、靴を脱ごうとしているところに、オレが走っていく。 「由羅~~っ!!」 「……え゛っ!?」  テンションが上がっていたオレは莉玖を抱っこしたまま勢いよく由羅に飛びついた。  由羅はちょっとよろめいてドアに背中を軽くぶつけたが、しっかりと抱き止めてくれた。  おお、さすが~!由羅ナイス! 「由羅っ!!由羅っ!!莉玖がすげぇんだよ!!早く入って来て!!」 「え!?おい綾乃!?ちょっと待て!!まだ靴が……っ」  オレがぐいぐいと腕を引っ張ったので、由羅が慌てて靴を脱いだ。 ***

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