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両手いっぱいの〇〇 第140話
「今日も少し帰りが遅くなりそうだ。晩飯はいらない」
ここ数日、昼頃になると由羅からこんな連絡が来る。
帰宅は深夜になる日もあり、若干酒の匂いや香水の匂い、化粧の匂いがする時もある。
由羅は「仕事だ」とは言っているけれど……
「仕事……ねぇ……」
どんな仕事なんだか……
***
『……これは……女の匂いがするわね!!』
莉奈が腕組をしながら顔をしかめた。
「幽霊って嗅覚あるのか?」
『そういう意味じゃないわよ!兄の周りに女の気配がするってこと!!もう、綾乃くんったら鈍いんだからっ!!』
莉奈は話を逸らそうとするオレの茶化した声を一蹴して、オレの顔に人さし指を向けた。
いや、一応オレだってそれくらいはわかるけど……
「そりゃまぁ、仕事してりゃ女の人だって周りにいっぱいいるだろ?」
『う~ん……部下って感じじゃないわね。兄は莉玖を引き取ってからどうでもいい飲み会は断ってたのよ?その兄がこんなに連日遅くなるってことは……』
莉奈の推理が止まらない。
どこから出したのかパイプのようなものまで咥えて、完全に探偵気分だ。
え、っていうか、マジでそれどこから出したんだ?
『……でね?ちょっと綾乃くん、聞いてるの?』
「え?聞いてねぇよ?」
『ちゃんと聞いてよ~!私が一生懸命考えてるのに!!』
オレは莉奈の話しを右から左に聞き流しながら莉玖と遊んでいた。
だって……
由羅は年末に現在付き合っている人はいないと言っていた。
だけどそれは年末の話しだ。
その後に誰かいい人が出来たとしてもおかしくはない。
「一応由羅は独身だし、フリーなんだから、別に付き合ってる人がいてもおかしくねぇだろ?」
『兄は綾乃くんのことが好きなのよ!?』
そう、あいつは年末にオレのことが好きだと言った。
でも……
「好きとは言われたけど、付き合いたいわけじゃないとも言われたし……まぁ男同士なんだから当たり前だけど……」
『あ~……でもたしかそれって、兄は今すぐ恋人になれなくてもいいって思ってただけで、男同士だから、なんていう理由じゃなかったはずだけど……?』
そんなことも言っていたような気がするけど……でも、なんかさ、あいつは結局オレが莉玖の母親代わりとして丁度いいから傍にいて欲しいって言うのを、好きって一言にまとめてるだけな気もする。
どうせオレがベビーシッターを出来るのは数年だ。
その後、由羅と一緒に莉玖を育てていくのは……たぶん、オレじゃない。
だから、
「どっちでもいいよ、別に……さてと、そろそろ買い物行こうか!莉玖!」
『ちょっと綾乃くんってば!』
「あ~もう!この話は終わり!まぁ、本当に由羅に恋人が出来たんなら、そのうちにわかるだろ」
莉奈にしてもオレにしても、今話してる内容は結局は全部推測だ。
『私は兄の恋人は綾乃くん以外認めないわよ!?』
いや、だからそもそもオレとあいつは恋人でもねぇから!!
***
「……ん?由羅?」
その日も由羅の帰りは遅く、待っているのもバカらしいので、オレは先に寝ていた。
ベッドに入ってからどれくらい経ったのか、後ろから抱きしめられた気がして目を覚ました。
「……ただいま……」
由羅の声がすぐ耳元でする。
「ん……おかえり……ってお前スーツのまま……」
寝惚けながら振り向こうとして、手に触れた由羅の服の感触がスーツのままだということに気付いた。
「こら、ちゃんと着替えろって!」
「あとで……」
「ダメ!あとでとか言ってたらそのまま寝るだろ?」
「ん゛~~~」
由羅がオレのうなじに頭をグリグリと擦りつけてくる。
「あ~もう!今日も酒飲んできたのか?」
たしか由羅がここまで酔うのは年末以来だ。
酔っぱらった由羅は面倒臭いんだよな~……
「って、ちょっと由羅さん、腕を離してくれませんかね?」
「離したくない……」
「オレがそっち向けないだろうがっ!」
「こっち?」
「そう、そっち!」
「……はい」
由羅が渋々抱きしめていた腕を緩めたので、その隙に起き上がった。
「ほら、スーツ脱げって!脱いだら寝てもいいから!」
「脱がしてくれ……」
「はいはい……」
自分でやれと言ったらまた時間がかかりそうなので、もうさっさと脱がせることにした。
「脱いだぞ」
「オレが脱がしたんだよ!!ほら、もう寝ていいぞ」
「綾乃は?」
「スーツ片付けてくる。いいから寝てろ!」
オレは由羅の頭を枕に押し付けて、掛布団をかけると強めにバンバンと叩いて寝かしつけた。
「あやの……いたい……」
「気のせいだ。酔っ払い!」
まったく!こんなになるまで飲んでくるなっつーの!!
***
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