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両手いっぱいの〇〇 第142話

 「早めに帰る」と言っていた由羅は、莉玖を寝かしつけてオレも寝ようとベッドに入ったところで帰宅した。 「綾乃、ただいま。もう寝たか?」  由羅は、そっと寝室に入って来ると、オレの頭を撫でてきた。 「おかえり。まだ起きてるよ。晩飯は?」 「まだだ」 「そんじゃ下行くか」 「何かあるか?」 「肉じゃがならあるけど?」  一応、早く帰ると言っていたので、今夜は由羅の分も作ってある。   「うん!やっぱり綾乃の飯はうまいな!」 「そりゃよかった」  由羅は美味しそうに肉じゃがを頬張ると、うまいうまいと連呼していた。  褒めてくれるのは嬉しいけど、急に何なんだ?  オレが訝し気に見ていることなど気にもせず、あっという間に晩飯を食べ終わった由羅は、朝の宣言通り、話しの続きをし始めた。 *** 「――はあ?お見合い!?」 「あぁ、取引先の娘なんだが……」 「へ……へぇ……」 「手っ取り早くうちと繋がりを持つために、独身の私に縁談を持ってくるのはよくあることなんだ。祖父が未だに私を後継者に、と言っていることもあってな。もちろん、私は毎回断っているし、莉玖を養子として引き取ってからはこういう話はなかったんだが……」 「子連れはイヤだってこと?」 「まぁ、そもそも、そういう縁談自体は親が勝手に言っているだけだからな。娘本人はすでに彼氏がいるとか、まだ未成年だとか、私とは年が離れすぎているだとかで嫌がる場合が多いんだ。だから私が断ればそこまでしつこく食い下がって来るのはいなかったんだが……今回はどうやら娘の方も私に興味があるらしくて……」  由羅が言うには、ここ数日由羅の帰宅が遅かった原因がその取引先の社長と娘で、まずは父親である社長が仕事面で難癖をつけてきた。  由羅が収拾を付けるために出て行くと、ちょっとお高めの店に呼び出され、店に行くとなぜか向こうの娘が同席していた。  その時点で、由羅には向こうの思惑がわかったらしい。 「んん?向こうの思惑って?」 「だから、難癖をつけてきたのは私と娘をお見合いさせるための、ただの口実だったんだ」  仕事の話しだと呼び出されて行くと、実はお見合いだった……というのはよくあることらしい。  だが、今回の相手は、由羅を担ぎ出すためにわざと仕事に難癖をつけて部下たちの仕事を増やした。  由羅はそのやり方が気に入らず、かなりムカついていた。 「まったく、私に用があるなら、回りくどいことなどせずに直接言ってくればいい!!」  もちろん、その場で由羅はハッキリと断った。  にも関わらず、なぜか娘も由羅を気に入ったらしく、翌日から勝手に会社に押しかけてきたり、親の名前で呼びだしてきて二人きりで食事を迫ったりと猛アタックしてくるのだとか。  莉玖のことも話したが、「子どもは好きだから大丈夫」と言って動じる気配もないらしい。 「子どもは好き……ねぇ……?」  そういう人はだいたい……いや、これはオレがどうこう言う問題じゃねぇな。 「正直、困っている。ここまでしつこいのは滅多にないし、いくら断っても話が通じなくてな……」  よくあることなので、さっさと自分で片づけてしまおうと思ったものの、全然事態が良くならないし、毎日のように待ち伏せをされて無理やり晩飯に連れていけと迫って来る。  一応取引先の娘なので手荒なことはできないし、無視してもタクシーで追いかけてこようとする。  そんなのを引き連れて帰宅するわけにはいかないので、結局馴染みの居酒屋に入って、追いかけて来た娘を酔わせてタクシーに放り込んでから帰って来ていたらしい。  いや、若い娘を毎回酔わせて帰すってどうなの!? 「そうでもしないと、あの娘は家までついてくる。家までついてくれば、次は勝手に家の中に入ってこようとするだろう?」 「でもさぁ、酔わせて帰してるんだろ?それって、お前に酔わされて何かされたとかいって、責任取れとか言ってくる場合も……」 「その点は大丈夫だ。そういうのは慣れているから対策はしっかりと取ってある」 「あ、そうなの?……」  どういう対策なのかはわからないが、そういうのに慣れてるなんて……由羅も大変だな…… 「昨夜は、その娘を帰した後、どうしたものかと考えているうちに、深酒をしてしまったらしい……」 「で、何かいい案は浮かんだのか?」 「あぁ、ひとつな」 「どんな?」 「莉玖と会わせてみようと思う」  オレは由羅の話しを聞いて耳を疑った。  え、莉玖と会わせるってことは……その娘と付き合うってこと!?  ちょっと待て!さっきまでの話しだと、由羅はその娘と付き合う気はないって感じだったよな!?  それなのになんで!? 「え!?ダ……っ」  一瞬「ダメだ」と言いかけて、言葉を飲み込んだ。  ああ、結局……由羅がその娘に根負けしたってことか……  誰だって、好きと言われると悪い気はしない。  何とも思ってなくても、好き好き言われれば、何となくこっちも好きになってることって……あるよな……  だから、由羅も…… 「あ、あ~……うん、そか……いいんじゃないか?」 「そう思うか?」 「うん……いいと思う……」 「じゃあ、今週の日曜にでも……」  その後の由羅の言葉は、ほとんど耳に入って来なかった。 ***

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