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両手いっぱいの〇〇 第143話

「それじゃ、行って来る」 「いってらっしゃい。莉玖、楽しんで来いよ!」  日曜日の朝、由羅は莉玖を連れて出かけて行った。  例の見合い相手と会うためだ。  車の中でオレを呼んで泣き叫ぶ莉玖の声が聞こえたが、あえて笑顔で見送った。  だって、莉玖にとっちゃ……新しい母ちゃんになる人かもしれねぇしな……  オレよりもそっちに懐くってこともあるかもしれねぇし…… 『何言ってんのよ!!さぁ、行くわよ!?』 「え、莉奈!?あ痛っ!!……ちょ、お前何やってんの!?莉玖に憑いててやってくれよ!」  莉玖と一緒に行ったと思っていた莉奈がすぐ横に立っていたので思わずよろけて壁にぶつかった。 『ついて行くわよ!?だから、ほら、早くして!』 「は?」 『綾乃くんも行くのよ!!』 「いや、でもオレ場所知らねぇし……」 『ええ!?兄さんの話し聞いてなかったの!?まぁいいわ、私がちゃんと聞いてたから、案内してあげる。ほら、早く戸締りして自転車乗って!』 「ちょ、莉奈!待てって!オレ洗濯物が……」  莉玖の支度をしていたので、まだ洗濯物が干せていない。  それに、朝食の片づけや掃除も…… 『そんなもの、あとで乾燥機に放り込めばいいのよ!ほら、行くわよ!どうせなら最初からちゃんと見ておかないと!』 「だから、莉玖に憑いていけば普通に見られるじゃねぇか……」 『綾乃くんを連れて行かなきゃ意味ないでしょ?』 「なんで?」 『なんでって……あぁ、そうか。あなた兄の話しをちゃんと聞いてなかったんだったわね。う~ん、面倒くさいから説明するのは後!ほら、行くわよ!』 「ぅわわわっ!?」  急にドンっと身体を押されたような感覚がした。  今のって莉奈の力か!?  有無を言わさない莉奈の態度に身の危険を感じたので、ひとまず急いで出かける用意をした。 *** 『え~と、たしかここよ』  莉奈に案内されて着いたのは、まぁまぁお高い、大きなホテルの屋上にある庭園だった。   『あ、ほら、いたいた!』  物陰に隠れつつ莉奈の指差す方を見ると、莉玖を抱っこした由羅が立っていた。  由羅が莉玖に花を指差して話しかけ、一生懸命あやしている様子が窺える。  莉玖は何とか泣き止んでいたものの、綾乃がいないからパパで我慢してやるよという感じで、若干むくれた顔で由羅に抱っこされていた。 『相手の女は……まだ来てないみたいね。待ち合わせ時間はもう過ぎてるはずだけど……自分から猛アタックしておいて待ち合わせに遅れるってどういう神経してるのかしら!!……女は支度に時間がかかるから待ち合わせに遅れて当たり前みたいに言う人もいるけど、1時間も2時間も待たせるのはただの寝坊か、その相手に興味がないかのどっちかよね、だって、本当に好きなら早く会いたいって思うでしょ。そう思わない?』  いや、オレ女じゃないからわかりません。  莉奈は他人に聞こえないのをいいことに大声で喋っているが、オレは喋ると周りに聞こえるし、しかも独り言を言っている変な人に見られるので黙っていた。  庭園には他にはあまり人がいなかった。  隠れられる場所も少ないので、下手に動くと由羅に見つかってしまう。  オレは花の写真を撮っているフリをしてじっと身を潜めていた。 『あ、来たわよ!あれじゃない!?』  しばらくして、ようやく女が現れた。  少し離れているのでよく見えないが、オレと同じくらい……いや、もっと若そうだ。   『あれはダメね。ぜんっぜんダメ!』  一瞬消えていた莉奈がまた姿を見せたと思うと、腕を組んで頭を振った。  女の傍に行って様子を見て来たらしい。 「何がダメなんだ?」  思わず小声で話しかける。 『まず、恰好。ほら、見てよ!あの恰好!』 「遠くて見えねぇよ」 『ズームすればいいじゃない』 「お前天才だな!」  カメラで女をズームしてみて、莉奈が言っていることがわかった。  デートということでオシャレしてきたのだろうが、装飾品が多すぎる。  ありとあらゆる装飾品をつけている感じだ。  しかもなんつーか、ピアスとかもでっかい輪っか?みたいなやつだし、爪もゴテゴテに盛っているようだ。 「あ~……あれ危ないな」 『でしょ!?あんなので莉玖を抱っこしたら……』 「ケガするなぁ……」  子どもは好きだと言っていたみたいだが、“子どもが好き”って言うのと、“子どもへの接し方を知っている”と言うのは全然違う。  あの恰好から見ても、少なくとも乳幼児への接し方を知っているとは思えない。  そりゃまぁ、子どもを産めばいきなり完璧なママになれるわけじゃない。  だから、これからいろいろと覚えていけばいいのかもしれないが……  それにしても、あれはさすがに……  オレと莉奈は顔を見合わせて、二人して顔をしかめた。 ***

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