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両手いっぱいの〇〇 第144話

『……あ、ちょっとあの女莉玖を抱っこしようとしてない!?』 「え!?」  女は、由羅の腕から無理やり莉玖を抱き取ろうとしていた。 「おいおい……それはちょっと……」  案の定、知らない女が抱っこしようとしたので莉玖が激しく泣き始めた。  由羅が女に手を離すように言っているようだが、ちょうどその時、由羅の電話が鳴ったらしく、仕方なく由羅が手を離した。 『ちょっと兄さん、なんで莉玖を渡したのよ!?』  由羅は若干心配そうに莉玖を見ていたが、急ぎの電話だったらしく、電話に出た。 『今はそんなのに出てる場合じゃないでしょおおお!?』  最初はすぐ近くで電話に出ていたが、莉玖の泣き声が大きかったせいか、由羅が少し離れた。 『あ、こら!どこに行くのよ!?ちゃんと莉玖を見てないと!!兄さんったら!!』  莉奈が由羅に気を取られている間、オレは莉玖の方を見ていた。  女は、由羅が後ろを向いた瞬間、顔をしかめながら莉玖を見て、バシバシと背中を叩いた。  必死に泣き止ませようとしているのだろうが、莉玖が余計に激しく泣いたので、焦った女が更にバシバシと叩く。  抱っこの仕方も不自然だし、赤ちゃんをあやすことに慣れていないのは明白だ。  あ~~……ダメだこれ悪循環だ。  もうちょっと優しくトントンしてやらないと……あんなに強く叩くと……    オレがハラハラしながら見ていると、泣き叫ぶ莉玖が女の胸元に、涙と鼻水と涎でぐちゃぐちゃになっている顔を擦りつけた。  あ……ヤバい……  若干パニクっていた女が、服を汚されたことに怒って「何すんのよ!!」と叫びながら莉玖の頬に向かって手を振り上げた。  その時にはもう、オレは飛び出していた。 「あぶな~~~い!!」  オレは間一髪、横から莉玖を奪い取ると、くるりと一回転した。  その勢いのまま、叩く対象がいなくなって前のめりになった女の背中を軽く押すと、女はよろめいて目の前の生垣に突っ込んでいった。 「ふぅ、ギリギリセーフ!大丈夫か?莉玖。怖かったなぁ~」 「……ああああああああああのおおおおおお!!!」  一瞬の静けさの後、綾乃に気付いた莉玖が火がついたように泣き始めた。 *** 「ちょっと!!あなた急に何するのよ!?危ないじゃないの!!あ~もう、髪も服もぐちゃぐちゃじゃない!弁償してもらうわよ!?」  オレに押されて生垣に突っ込んでいった女は、一瞬何が起きたのかわからないという顔をしていたが、すぐに起き上がるとオレに文句を言ってきた。  たしかに、キレイにセットしていた髪は生垣に引っかかってぐちゃぐちゃだし、服も多少泥がついている。  ……が、  なんだこの女……  オレが莉玖を抱っこしているのに、それに関しては何も気にならないわけ?  由羅から莉玖を預かっているのだから、まずそこは知らない男に莉玖を取られたことに対して焦るなり怒るなりするべきだろう!? 「何するのよ?それはこっちのセリフだっつーの!それにむしろオレはあんたに感謝されるべきだと思うけど?」 「はあ!?何を言って……」 「あ~よしよし、あのおばさん怖かったよな、もう大丈夫だからな!」 「お、おばっ!?誰がおばさんですって!?」  オレは女を無視して莉玖に話しかけた。  女に言いたいことは山ほどあったが、グッと堪えた。  それはオレが言うべきことじゃない。  だって、本当はここにオレがいるのもおかしいから。  だけど、あんなの黙って見てられるかっ!!  泣きながらオレにしがみついてくる莉玖をあやしていると、由羅が戻って来た。  オレを見る由羅の顔つきが険しい。  いるはずのないオレがいるから怒ってる?  怒ってる……よな……  ここにいることに関しては怒られてもいい。  でも……に関してはオレは間違ったことはしてねぇ!! 「綾乃、どうした?」 「そこの女から聞いてくれ」  由羅から視線を逸らして、オレは素っ気なく言った。  オレが言うと言い訳みたいに聞こえるかもだし……それに、女がどう説明するのかちょっと興味があった。 「由羅さん!?この男と知り合いですか!?こ、この男が突然私を襲って来て生垣に投げ飛ばしたんです!!見て下さい!おかげでこんなにボロボロのぐちゃぐちゃ……あっちこっちに擦り傷まで……あ、しかも私から莉玖くんを奪っていったんです!!せっかく私が泣き止ませていたのに、あの男のせいで可哀想に怯えてしまって、またあんなにも泣いて……」  女が由羅に擦り寄って必死にオレを指差しあることないこと話し始めた。  はあ!?すげぇなこの女……よくこの短時間でそこまで嘘話をでっち上げられるな!?  女の見事な嘘に、怒るのを通り越して呆れていると、由羅がオレをチラッと見た。  ん? 「ほぅ……莉玖が泣いて?」 「泣いて……あ……れ?」  女は全てオレのせいにしようと嘘を並べていたが、だんだんと声が小さくなっていった。  莉玖はオレに抱っこされて安心したのか、泣き疲れて寝ていたからだ。  由羅はため息をつきつつ自分の腕にしがみついていた女を振り払うと、オレに近付いて来た。 「莉玖は大丈夫か?」 「あ、うん……あの……オレ……」 「わかっている」  由羅は莉玖の頭を撫でると、そのついでのようにポンポンとオレの頭を撫でた。  わかってるって何が!?  あの女が言ってることが嘘だってわかったってことか?  オレのこと怒ってねぇのかな…… 「あ、そうだ。あの、由羅……泣いた時に出たみたいだからオムツ替えて来る」  オレが莉玖のお尻をポンポンと軽く叩くと、由羅がルームキーを出した。 「部屋を取ってあるから、そこで替えよう」  部屋……取ってたのか……   「鍵だけくれればいい。お前はその女と話しがあるだろう?」 「いや、もう話すことはない」 「え、ちょっと、あの由羅さん?一体どういうことですか!?」  由羅とオレを交互に見て、女が困惑した顔で由羅の服を掴んだ。 「……向こうはそうは思ってないみたいだぞ?」 「すまない。先に行っててくれ」 「うん」  オレは莉玖を抱っこしてお出かけセットを肩にかけると、由羅が取ってある部屋に向かった。 ***

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