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両手いっぱいの〇〇 第156話

「……というわけで、杏里さんちょっと台所借りま~す!」 「は~い。ああ、抜型なら右上の棚のところにいっぱい入ってるから好きに使ってちょうだい」 「ありがとうございま~す!由羅、来い!」 「え?」  オレは杏里さんの家に着くなり、由羅を台所に引っ張って行った。  しょっちゅう杏里の家と由羅の家を行き来しているし、杏里さんの家でも一緒に料理を作っているので、どこに何があるのかはよく知っている。 「はい、エプロン」 「綾乃?なぜ私がエプロンをつけるんだ?」 「服に粉がついてもいいなら、つけなくてもいいけど?」 「そうじゃなくて!私も作るのか?」 「作るんです!」 「……わかった」  由羅が戸惑いつつ、エプロンをつけた。 「心配しなくても、この粉を使えばお前でも簡単に作れるから」  オレは由羅が買い物カゴに放り込んだ例のクッキーミックスの箱を見せた。 「私はお菓子など作ったことないぞ?」 「わかってるって。オレが一緒に作るんだから大丈夫だってば」 「綾乃はやけに楽しそうだな……」 「え!?ま、まぁな!クッキー作るの楽しいし!」  由羅が焦っているのが面白い。なんて言ったら由羅の機嫌が悪くなっちまうかな?  オレは慌てて誤魔化した。     *** 「――じゃあ、生地(これ)を冷蔵庫でしばらく冷やします」 「なぜ冷やすんだ?」  オレが生地を冷蔵庫に入れているのを見て、由羅が首を傾げた。 「ん?」 「すぐに型抜きをしちゃいけない理由はなんだ?」 「……いい質問だね、由羅くん。生地を冷やしている間にその理由をネットで調べなさい」 「綾乃先生も知らないんだな?」 「うっせぇな!冷やすもんは冷やすんだよっ!!」  だって、冷やしなさいってお菓子の本に書いてあんだよっ!  どうして冷やすのかなんて考えたこともねぇっつーの! 「そんないい加減でいいのか?」 「難しいことはわかんねぇし、わかる必要もねぇの!手順としてそれをすれば美味しくなるってわかってれば別にいいんだよっ!」 「そんなものか?」 「オレの作る料理はマズイか?」 「綾乃の飯はうまい!」  由羅が即答した。 「お前がいつも“うまい”って言いながら食ってるオレの料理は、全部に作られておりますが?」 「……なるほど……お前が言いたいことは何となくわかった」  え、ホントにわかったのか? 「……そりゃまぁ……料理は化学実験みたいなもんだって言う人もいるけど……だからそういう理由とかをちゃんとわかってる方が美味しいのが作れるのかもしれねぇけど、そんなの知らないバカなオレでも、それなりのもんが作れてるんだから、そんな知識がなくても何とかなるってことじゃね?」 「綾乃はバカじゃないと思うが?」 「オレ化学とかわかんねぇもん」 「化学がわからなければバカなのか?」 「っつーか、今これ何の話してんだ?」  クッキー生地の話しじゃなかったっけ?  なんでオレがバカかどうかの話しになってんだ…… 「もうそんなのどうでもいいから、お前は生地を冷やす理由でも調べてろよ」 「いや、もういい」 「ああ?」 「化学実験みたいなものだと言っていたから、その観点で考えれば何となくわかった。つまり生地に使われている小麦粉の成分の問題だろう?」 「あ~、うん、そうだな。うん、まぁそんな感じ?」  知らねぇけど? 「小麦粉はデンプンとタンパク質で――」 「おお~っとメールだ~。あ、由羅くんはどうぞそのまま考察を続けて?デンプンがなんだって?」 「……おい……」  オレはチンプンカンプンな話をする由羅を放置してメールを見た。  お、リョウだ。  そういやオレ朝なんて送ったんだっけ?  オレは画面を見ながら壁にもたれかかった。  なになに?え~と……なんだこれ? 「『メイちゃん、住むとこないなら俺んとこ来いよ。気軽に遊びに行くことも出来ねぇようなところで働くことないって!そいつ絶対ヤバいやつだぞ!?』……そいつって誰の事だ?」 「おいこら、勝手に読むなよ!?っつーか、お前いつの間に後ろに……」  急に背後から由羅の声がしたので驚く。 「言っておくが、綾乃からもたれてきたんだぞ?それより、何だそれは」  あれ?壁じゃなかったのか。  慌てて退こうとしたが、由羅が背後から抱きついてきていたので、腕を退かすのが面倒でそのまままたもたれかかった。  もうなんか、こいつの抱きつき癖にも慣れて来たな…… 「これはリョウからのメールだけど?ほら、朝メールしてきてただろ?」 「住むところがないとは?」 「わかんねぇ。住み込みで働いてるから一応住むところはあるって話したと思うけど……オレの家がないってことかなぁ?」  まぁ、たしかに由羅の家はただの職場であってオレの家ではないけど……  でも、だからって何でリョウの家?  オレもしかして一人暮らしも出来ねぇくらい金に困ってるって思われてんのか!?  そりゃまぁそんなに金はねぇけど……でも由羅はちゃんと給料出してくれるから、だいぶ貯金は貯まってるし、別に一人暮らしが出来ないわけじゃない。  やべぇな……昨日オレ一体どんな話したんだろう……  亮に昨日の様子を教えてもらおうと思ったのだが、その亮からも更に謎の返信が来て混乱してしまう。  他のやつに聞いた方がいいかなぁ…… ***

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